ここまで知れば大丈夫 インフルとパンデミック
有隣病院院長・工藤宏一郎氏
臨床医の立場から知識伝授
このほど、東京都中央区の一橋講堂で開かれた都民講座で「ここまで知れば大丈夫 インフルエンザとパンデミック」と題して有隣病院院長の工藤宏一郎氏は臨床医の立場からインフルエンザの基礎知識について講演した。
手指衛生やマスク、予防に有効/感染したら迅速に受診を
インフルエンザ・パンデミックとは、過去十数年、経験したことがない変異した型のインフルエンザウイルスが世界的に感染者・患者数を増やし、大流行を起こすこと。
なぜ、メキシコで新型インフルエンザ(A〔H1N1pdm09〕)の感染・死者が多かったのか。発生国で、原因が分からず、防疫体制など対応が遅れた。タミフルの投与を始めて、死者・患者数が急速に下がった。スラム街など貧困層の多い地域で、粗末なトタン屋根の下に家族・親族が共同生活をする環境。識字率も低く、情報収集ができない。テレビ・ラジオくらいしかない。
メキシコでは民間3%、政府系38%、無保険47%、病院に行かない12%となっている。保険に入っていないので、費用がかさむ、早期に病院に行けない。重篤になってからでは遅い。医療機関に対する信頼が薄い。民間療法で治療していて、手遅れになってしまうケースも多かった。早く診断、早く薬の投与を行えば、死亡確率は低下したはずだ。
100年の間に死者数が4000万人から20万人弱に激減しているが、ウイルスの問題だけではない。日本での死者は基礎疾患、特に慢性呼吸器系疾患の保有者が多い。だが、情報過多の状態になっており、工藤氏は「正しい情報を正しく実行することが必要で、過剰対応は禁物」と指摘する。渡り鳥が運んできたH5ウイルスが、居住環境にいる家禽(かきん)類にうつり、また、病気などで死んだ鳥を売買、食す習慣があることも大きな原因だ。
中国のH7N9インフルエンザは低病原性から高病原性に変異する可能性が高い。感染地域が急拡大することも懸念される。中国都市部のマーケットでは、感染者の4割くらいが死亡。旅行者は生きた家禽類、市場などで鶏をさばいたり、売買・調理する場所に近づかない、特に死亡したものには接触しない、手指衛生に心掛ける。
過去のインフルエンザ・パンデミック経験から学び、経口薬のタミフル、アビガン、吸引型のリレンザ、イナビル、注射薬のラピアクタなど抗インフルエンザウイルス薬を有効に使い、新薬の開発にも注力する必要がある。耐性が出てきた場合、併せて使うことも必要になってくる。
特に、工藤氏は「医療機関の対応が問題になった。専門機関に患者が集中して、通常の業務に支障を来すことになった。肺炎など起こして重症の人は専門機関に入院して、軽症の人は外来で薬を処方して、帰宅してもらう。病院間の機能的な分担、医療のすみ分けが必要だ」訴えた。
20世紀のパンデミック
●スペインかぜ
1918年から20年に発生・大流行したスペインかぜ、アメリカが発生地とされ、A(H1N1)型のウイルス。当時の世界人口18億人のうち5億から10億人が感染し、4000万人以上(第1次世界大戦の全戦没者2000万人の2倍以上)の死者が出ている。戦場の兵舎で感染が広がり、隔離や手当ての準備ができていなかった。患者の特徴として、25~30歳の若い兵士が多く死亡している。蒸気機関の発達で船や機関車により、遠方に多人数、閉所で移動が可能になった。
●アジアかぜ
1957年に中国南西部で発生したアジアかぜ、A(H2N2)型ウイルス。全世界で100万人以上が死亡。日本では同年5月から感染が広がり、約300万人が罹患、5700人が死亡している。当時は院内感染という概念も無く、大人数を収容して治療していたため、二次性の感染で重篤に陥る患者も多かった。33年に英国の研究グループによってウイルスが発見され、抗生物質の使用が広まり、インフルエンザから併発した細菌性肺炎などを治療することができるようになり、スペインかぜより死者数が少なくなった。
●香港かぜ
1968年6月に香港から発生した香港かぜ、A(H3N2)ウイルスは現在でも季節性として循環している。8月に台湾、シンガポール、オーストラリア、日本、米国へと拡大。同年12月から翌年1月にかけて死亡例のピーク。全世界で約100万人、日本で約2200人が死亡した。日本は高度経済成長真っ只中(ただなか)で熱やせきがあっても仕事が休めない社会情勢があり、感染拡大が起こった。
●新型インフルエンザ、A(H1N1pdm09)
2009年から10年に大流行した新型インフルエンザ、A(H1N1pdm09)は地名を付けると、その地域限定だったり、負のイメージが地元に付くということで、固有の地名は付けなくなった。09年4月にメキシコで発生、当初は豚インフルエンザと呼ばれたが鳥、人、豚のインフルエンザウイルスの遺伝子がシャッフルされた新型のインフルエンザだった。米国、カナダに拡大。全世界で推計20万人弱が死亡。日本では2061万人が感染、198人が死亡している。






