「ひきこもり」 家族ができること

 ひきこもりの状態にある当人の高年齢化が進んでいる。本人や家族がどのように対応し、今後の生活設計をどのように立てればよいのか、苦悶(くもん)している人も増えて、東京都では身近な地域で支援する環境整備を行っている。その一環として、このほど、「ひきこもりの若者への対応~家族が今できること~」と題した医師・医学博士で筑波大学医学医療系社会精神保健学教授の斎藤環氏の講演会が都庁大会議場で開かれ、悩みを持つ家族や本人、同問題に関心のある400人余りが問題解決の糸口を求めて集った。(太田和宏)

筑波大学医学医療系社会精神保健学教授 斎藤 環氏が講演

原因は対人関係のこじれ家族ぐるみの支援が必要

「ひきこもり」 家族ができること

「社会的ひきこもり」について講演する斎藤環氏

 「社会的ひきこもりとは、家から出られない人のこと」と勘違いしている人が多い。「自宅にひきこもって学校や会社に行かず(社会参加せず)、家族以外との親密な対人関係がない状態が6カ月以上続き、統合失調症(精神分裂病)やうつ病などの精神障害が第一の原因とは考えにくいもの」というのが厚生労働省や内閣府の定義になっている。

 まさか、と思う人も多いが、健康状態は至って普通。社会生活を始めると、仕事の能力は高く、健常者と見劣りすることはあまりない。「就労支援の経験から確信を持っている。信じてあげてください」と斎藤氏は言う。

 社会的ひきこもりの入り口は、不登校とか、いったん就職したが人間関係で挫折して中途退職してから、というケースも多い。1970年代から増加し始め、20年前に初発年齢は15歳だったものが現在、20歳くらいになり、平均年齢30歳代半ば、期間も13年、長いケースでは30年という場合もある。全国で数十万から100万単位と推計され、一度「ひきこもり」が始まると、社会参加が極めて困難になる。

 「原因は個人の脳・神経や心理の問題ではなく、家族関係や人間関係のコジレが大きな要因となっているので、ひきこもり支援は家族支援だ。家族が、関わり方を変えないと、膠着(こうちゃく)状態が続いてしまいがちだ」と斎藤氏。

 ひきこもり事例の高年齢化に伴い、親の高齢化も深刻化している。「親亡き後」の不安、わが子のケア、世間体の三重苦で精神的健康度が非常に悪く、親が「うつ病状態」に陥ることも少なくない。判断能力が低下して「犯罪に走る」「通り魔になる」などと不安をあおり、数百万円受け取り、暴力的・強制的に寮に閉じ込め、何の自立支援もせず、「駄目でした」と親に返すといった、“いかがわしい支援業者の教室”に引っ掛かってしまうケースもある。「親もセルフケアしていかないと、共倒れになる」と斎藤氏は警鐘を鳴らす。

 社会的ひきこもりから脱出するには、家族の心構えを変えていくことが大切。食うに困らない生活の保障が最低限必要。自立していくために、生活保護、障害者年金(本人の治療中)など公的な福祉制度の活用も不安解消に必要なこと。遺産など資産を運用してアパート経営し、その利益でひきこもり本人の生活を支えることを考えるのも一つの手。


「安心」を土台に先ずあいさつ、会話から

金銭管理は社会復帰への第一歩

「ひきこもり」 家族ができること

「ひきこもり」に関心を持つ来場者は熱心に耳を傾けた

 会話が無い親子では、最初の入り口として、あいさつの励行、外出する時などの誘い、家事の手伝いなどを大切にすることだ。「甘え」「わがまま」「怠け」「本当は何がしたいの」などは不信感を増幅するだけで、批判的な言葉は禁句に。「これ見て、悟れ」形式の一方的説教は最悪。将来、仕事、学校、過去の栄光、同級生のうわさなどは禁物。ニュースとかスポーツ、芸能界など、たわいのない会話から入ることが肝要だ。
 金銭管理は社会復帰への一歩になる。食費・光熱費・ネット基本料(スマートフォンは社会生活の必需品)、年金保険料は親が払い、それ以外を月額制(平均2万7000円)にして、用途は問わない、使い方が悪く、足らなくなっても、追加しない、という形であげる。

 「あげなければ、困って、そのうち働く、と思うのは間違った考え。お金が無ければ、無いなりの生活に適応してしまう。必要な時に必要な分だけ、というのは子供扱い。買い物も、店に出向いて対面で買い物する方が良いが、通販でも、振り込みではなく、現金の着払いで、自分で受け取ること」と斎藤氏。

 ひきこもりは本人の心理や脳の問題として解決できるものではない。厚生労働省が発表した、ひきこもり支援の諸段階の表で、第1段階として親支援を置いていることは画期的なこと。第2段階として個人療法、集団療法、社会参加の試行段階へと緩やかに進めることが重要だ。急いで失敗すると本人の挫折感が半端ではない。治療を中断したり、もう一度回復となるとハードルが一層高くなる。地方自治体の公的機関、就労移行支援組織、NPO法人を使って徐々に訓練するのも一つ。障害者手帳を取得し、「売り手市場」になっている障害者枠で職に就くのも一つの手だてだ。