緊急時の首相の権限明記を

施行から70年 憲法改正を問う(5)

 9条と同様に有事への備えがなされていないという点で、現憲法の欠陥とも言えるのが緊急事態条項の不備だ。

 憲法に大規模災害や戦争などの緊急事態に備えるための危機管理規定を持たないことによる問題を露呈させたのが、2011年の東日本大震災であり、特に福島第1原発事故への対応で見せた当時の政府の混乱ぶりだった。その後、この緊急事態条項をどう盛り込むかが改憲論議の焦点の一つとして浮上している。

 緊急事態条項については、フランス、ドイツといった世界の主要国では、 憲法に明記されている。米国では憲法第2条2節の大統領が軍隊の最高司令官であるとの規定などに基づき緊急権が行使されてきた。また、成文憲法を持たないイギリスは、「国家緊急権法」によって定められている。いずれも、緊急事態においては、国民の生命・財産を守るため、一時的に権力を行政のトップに集中させ、人権の一部を制限したり、法律と同等の効力を持つ命令を発することなどが認められている。

 2012年に公表された自民党の改憲草案には緊急事態条項が盛り込まれ、法律と同じ効力を持つ政令の制定や緊急の財政措置を可能とすることを明記した。しかし、このような内閣の権限を強める規定については、与党の公明党も慎重姿勢であり、野党や一部メディアは、ヒトラーを引き合いに出したり、「立憲主義を壊す」などと、不安をあおるような批判をしてきたのが現状だ。

 こうした中、民進党の細野豪志前代表代行が、4月に改憲案を提示し、「実現可能な改正項目」の一つとして、緊急事態への対応を挙げた。「民主政治の継続性」のためとして国会議員の任期延長を認める緊急事態条項が盛り込まれる一方、人権制約の面では、災害対策基本法など現行の法律で対処できるとしている。

 これに対して、衆院憲法審査会与党筆頭幹事を務める自民党の中谷元前防衛相は「現行法で対応できない事態が起こってしまった場合に、法の想定外ということは通用しない」と指摘。現場で対応する市町村長や自衛隊員の「迷いを払拭(ふっしょく)するためにも憲法に根拠規定を置いておく必要がある」として、あくまで憲法に明記する必要があると主張する。

 3月16日に行われた衆院憲法審査会では、大規模災害と国政選挙が重なった場合の国会議員の任期延長がテーマだった。これについて民進党憲法調査会長を務める枝野幸男前幹事長は「検討すべき事項が複雑かつ広範にあるため、単純に結論を出すことはできない」と指摘。また公明党の北側一雄副代表は「任期は議会制民主主義の根幹に関わるため、慎重な議論が必要である」と強調した。このテーマにおいて今後、与野党の合意形成が進む可能性もあるが、民進、公明は、慎重に議論を進める姿勢を示している。

 朝鮮半島情勢の緊迫化や中国の軍拡、国内においては南海トラフ地震や首都直下型地震が予想されるが、それ以外にも想定外の危機が襲ってくることも考慮に入れる必要があるだろう。そうした時にこそ、首相の強いリーダーシップが問われる。権力の乱用を防ぐためにも、緊急時の首相の権限とその歯止めを憲法やそれに基づく法律に明記する必要がある。

(政治部・山崎洋介)