米欧の潮流は主権・国益重視
トランプ現象と英EU離脱の共通点
米ヘリテージ財団 ナイル・ガーディナー氏
米国でトランプ大統領が誕生し、欧州では英国が欧州連合(EU)からの離脱を決めたほか、各国で右派勢力が台頭している。激変する米欧の政治潮流をどう見るべきか。英国出身の米欧関係専門家で、米有力シンクタンク、ヘリテージ財団のマーガレット・サッチャー自由センター長を務めるナイル・ガーディナー氏に聞いた。
(聞き手=アメリカ総局長・早川俊行)
英国が国民投票でEU離脱を決めた「ブレグジット」とトランプ氏が勝利した米大統領選に共通点はあるか。

ナイル・ガーディナー氏 1970年生まれ。英国出身。英オックスフォード大卒。米エール大で博士号取得。サッチャー元英首相の外交政策研究員を経て、2002年から米有力シンクタンク、ヘリテージ財団研究員。06年から同財団マーガレット・サッチャー自由センター長。
ブレグジットとトランプ氏勝利は、共に支配層の政治エスタブリッシュメント(既成勢力)に対する拒絶だった。両国では多くの国民が現状に幻滅し、変化を求めた。ブレグジットと米大統領選には相違点もあるが、共にエスタブリッシュメントに衝撃を与えた政治的な地震だったことは確かだ。
「反グローバリズム」がブレグジットとトランプ氏勝利の一因か。
反グローバリズムはトランプ氏勝利の一因だ。多くの米有権者がいわゆるグローバリストのアプローチを拒否した。だが、ブレグジットのメッセージは少し異なる。ブレグジット運動の指導者たちは自由貿易を強く支持し、保護主義的な考えは全くなかった。つまり、ブレグジット運動はEUに制約された英国を偉大な自由貿易国家にするという側面が強かった。
EUは非常に保護主義的だ。EU加盟国である限り、英国は独自の自由貿易協定を結ぶことができない。
米国ではグローバリズムという言葉がよく使われるが、英国で語られるのは「スープラナショナリズム(超国家主義)」(国家より上位にある主体への主権の移譲)だ。ブレグジットは自決権と国家アイデンティティーをめぐる問題であり、超国家主義とは対極だ。英国の有権者はブリュッセル(EU本部)や他の国々に支配されたくないという明確なメッセージを送ったのだ。
グローバリストの考え方とは。
彼らは大きな政府と、国家は主権を移譲すべきだという超国家主義の信奉者だ。また、国境を開放することを支持している。ドイツのメルケル首相はグローバリスト思考の最大のシンボルだ。メルケル氏はEU強化を推進し、また、大量の難民にドイツ国境を開放してきた。米大統領選で敗れたヒラリー・クリントン氏もグローバリストの象徴的存在であり、二人は多くの共通点を持った政治家だ。
国境開放、超国家主義への反対は、ブレグジットとトランプ氏の共通点では。
その通りだ。トランプ氏はこれを「米国第一」と呼び、英国では自国の運命、将来、国境は自分たちで管理するという自決権、国家アイデンティティーと理解されている。ブレグジット指導者たちの主張は、英国の国家主権を取り戻し、国益を第一にするという点で、トランプ氏の米国第一の主張と同じだ。
国家主権・国益の重視が米欧の政治潮流ということか。
その動きは拡大している。英国が最大のシンボルだが、フランスを含め欧州全土に広がっている。国家主権を取り戻す考えは極めて重要だ。主権国家でなければ、真の自由国家にはなれない。
仏大統領選次第でEU終焉も
欧州で右派勢力が台頭している。
さまざまな要素があるが、最も大きな要因は移民の大量流入だ。フランス、オランダ、ドイツなどで反移民感情が強まっている。欧州の多くの有権者がイスラム教徒の移民・難民流入がもたらすテロの脅威に強い懸念を抱いている。
移民流入が欧州の文化・伝統を変えてしまうことへの世論の懸念は。
非常に強い。実際に社会の大きな変化を目の当たりにしているからだ。フランスではイスラム教徒が人口の10%を占め、文化や教育、社会全般に大きな影響を与えている。
移民問題は、4~5月のフランス大統領選や9月のドイツ連邦議会(下院)選の主要争点となるだろう。
フランス大統領選の見通しは。
大接戦が予想され、誰が勝利するか現時点では予測できない。今回の選挙は、フランス国内で移民の大量流入と治安状況に懸念と不満が強まっている事実を示している。
ドイツ連邦議会選はどうか。
キリスト教民主・社会同盟のメルケル首相と社会民主党の首相候補マルティン・シュルツ氏の間で接戦になっている。メルケル氏は不人気な難民政策により、以前に比べパワーが衰えている。とはいえ、シュルツ氏も難民政策は変更しないだろう。第3政党の「ドイツのための選択肢(AfD)」は、二大政党を脅かすほどではない。従って、再び民主・社会同盟と社民党の連立政権になるのではないか。その場合、シュルツ氏が首相になり、メルケル時代が終わる可能性がある。
英国に続きEUから離脱する国は現れるか。
ブレグジットはゲームチェンジャーであり、離脱を考える国は出るだろう。現時点では国民投票の予定はないが、もし行われれば、僅差になると思う。それがフランス、ドイツであってもだ。
EUは今後どうなる。
三つのシナリオがある。一つ目はEU解体だ。二つ目はEUのさらなる中央集権化で、仏独はこれを望んでいる。三つ目はEUの分権化で、EUを現在よりも緩やかな構成にするというものだ。
いずれも起こり得るシナリオだ。フランス大統領選で国民戦線(FN)のルペン党首が当選すれば、EUの終焉(しゅうえん)となるかもしれない。仏独は欧州政治のエンジンであり、どちらかがEUから離脱したら、欧州プロジェクトは終わりだ。英国が離脱してもEUは崩壊しないが、仏独なしでEUは存続できない。
その意味で、今年は欧州にとって極めて重大な年だ。