態度を変えないトランプ氏
やまない人種差別発言
指名確定後は支持伸びず
【ワシントン】バリー・ゴールドウォーター氏が1964年の共和党指名受諾演説で「急進的な自由擁護は悪ではない」と語った時、ジャーナリストで歴史家のセオドア・ホワイト氏の近くに座っていた1人の記者が「なんと、バリー・ゴールドウォーターとして立候補しようとしている」と叫んだという話は有名だ。
ドナルド・トランプ氏が一般投票の選挙キャンペーンを始めて6週間、共和党は、トランプ氏が本当に今のドナルド・トランプ氏のまま出馬しようとしていることに気付き始めた。トランプ氏は、なろうと思えば「大統領らしい大統領」つまり、礼儀正しく、尊敬され、慎重で、うんざりするくらい控えめに振る舞うことはできると豪語した。無理だろう。
トランプ氏が指名をもぎ取ると、共和党指導部はトランプ氏支持で歩調を合わせた。トランプ氏が周りの影響を受けて、自ら過激な主張や手法を改め、広範囲な有権者に取り入るようになることを期待してのことだ。
二つ問題がある。まず衝動抑制だ。トランプ氏は、実際に思ったことを口にする。どんな時も思い付いたことならどんなことでもだ。第二に論理的必然だ。トランプ氏は、予想、専門家の意見、従来の規則など無視して勝利した。いまさら変える必要はない。トランプ氏は「ペナントレースを勝ち抜いて、ワールドシリーズまで来た。どうしてやり方を変える必要がある」と語っている。
ここから、オーランドのテロ事件への反応が出てくる。このような出来事は通常、挑戦者にとって政治的に有利に働く。国家に降り注ぐ不幸はどんなものでも、それが正当であろうとなかろうと、間接的であれ、直接的であれ、その時に大統領を出している与党の責任にされやすい。2008年の金融危機がいい例だ。ヒラリー・クリントン氏は準与党といっていい。
そのため、挑戦者の対応としては、被害者に対して共感を示し、与党が治める国家の安全保障政策の問題について一言二言指摘した上で、後は静観し、その後発生する国民の恐怖と憎しみがメディアによって増幅され、効力を発するままにさせるのが普通だろう。
ところがトランプ氏は自ら政治ストーリーを作り上げた。まず、テロに関する自身の予想が当たったことを不謹慎にも喜んだ。もっとテロが起きると言ってはいたが、そんなことは空想にすぎない。その上でテロと戦う意思も知恵もないと大統領を非難、大統領は敵に同情していると暗に示唆する発言まで飛び出した。「何かが起きている」と語ったのだ。次いでイスラム教徒移民の入国禁止を改めて主張した。
なぜか。それがトランプ氏のやり方だからだ。これまでそれでうまくいってきたからだ。トランプ氏がイスラム教徒の入国禁止を最初に求めたのは、昨年12月のサンバーナディーノでの事件後だった。共和党指導者らは激しく非難したが、共和党支持の有権者らは強く支持した。支持率は急上昇し、指名を確実にするまで下がることはなかった。今回はどうして上がらないのか。
一般投票は別ものだからだ。トランプ氏は、共和党有権者が支持していることは、全米の有権者が支持しているということだと考えている。実際はそうではない。イスラム教入国禁止を例に取ると、共和党有権者の68%が支持しているが、民主党ではわずか38%だ。さらに民主党員の方が約700万人多い。無党派では支持51%、反対40%だ。
もう一つこれまで成功してきた主要な例は、有力候補への個人攻撃だ。これは予備選では効果的だ。主要な対立候補らを一人ずつ攻撃し、蹴落としていった。
ヒラリー・クリントン氏は選挙運動はそれほどうまくないが、その陣営はトランプ氏の16人の共和党のライバルの誰よりも大規模で、有能だ。そればかりか、現職大統領と対立するというリスクまで背負っている。
世論調査でのトランプ氏支持が減っているのは偶然ではない。1カ月前、有力候補と持ち上げられていたトランプ氏は、今ではクリントン氏と実質的に互角の戦いをしている。
これは一時的である可能性もあるが、指名獲得を確実にしてからの無残な対応をよく反映している。2週間後には、インディアナ州生まれの判事を「メキシコ人」と非難し、人種差別的発言を続けた。テッド・クルーズ氏の父親はケネディ暗殺に関わっていたとか、ビンス・フォスター氏の(「かなりうさんくさい」)自殺まで、中途半端な情報をもとに陰謀を巡らせている。これらの発言から見えてくるのは、思い付きで行動し、突飛な理屈をもとに、極端なやり方を取るトランプ氏の姿だ。
レーガン元大統領の伝記作家ルー・キャノン氏は、ゴールドウォーター氏の逸話は作り話だと思っている。ゴールドウォーター氏は後に、ずっと負けることは分かっていたと認めており、ずっと貫いてきた筋金入りのゴールドウォーターを捨てて出馬するなど誰にも想像できない。
トランプ氏も同じだ。トランプ氏がトランプ氏らしく振る舞うのはいいとしても、大統領となるべき人物ではない。
(6月17日付)











