伊勢志摩サミットの最重要命題と北方領土・対露経済協力
今週の伊勢志摩サミットで最も重要なのは、「力による現状変更は絶対容認しない」と、最大限強力に再宣言することだろう。
昨年も、ロシアのクリミア編入を非難し経済制裁継続を決め、中国を名指しはせずに、海の大規模埋め立てなどに反対した。だが中ロの振る舞いは変わらない。中国は昨年、南シナ海の埋め立て面積を6倍以上に拡大したという。
安倍首相はロシアとの対話に熱心だが、その舵(かじ)取りは一層難しい。先の日ロ非公式首脳会談は、平和条約締結に向け、「新たなアプローチで、交渉を精力的に進める」ことで合意した。日本側は、北方領土問題解決策がそこに含まれることを重視している。新アプローチの柱は、エネルギー、極東の産業開発など、日本が提示した8項目経済協力計画だろう。制裁と原油価格低迷で経済危機感を強めるプーチン大統領は、8項目案を歓迎したが、先週、北方領土を「売ることはない」と言明、釘(くぎ)を刺した。
「北方領土問題と経済協力」といえば、ソ連崩壊前のゴルバチョフ大統領時代に大きなチャンスがあったのを思い出す。
1990年6月、同大統領が訪米し、米ソ新協調を確立した直後、駐ワシントン記者の私は親しい米国務省関係者から、こう耳打ちされた。「同大統領が米側の極めて高位の当局者に、『北方領土問題で日本と取引したい。わが方の譲歩と交換に、経済協力、特に非常に速やかで確実な物資の供給を望む』と打ち明けた。非公式に日本にメッセージを伝えたい彼の『観測作戦』だろう。だから君に伝えるよ」
同国務省筋はその後、同大統領が北大西洋条約機構(NATO)事務総長にも、島の問題を「処理する」と明言したとか、ソ連のロシア共和国外相が「日本のシベリア投資と交換に島を手放す」と話したとかの情報も流してくれた。
ゴルバチョフ大改革政権は、ひどい経済困難、食糧難に直面していた。だから、北方領土問題で取引し、譲歩もしようとの気持ちは真剣だったろう。
私は、自分の記事が問題解決の歯車の一つになるかも…と期待した。
だが、その観測気球は、結局しぼんでしまった。ゴルバチョフ大統領は翌91年4月に訪日したが、すでにソ連国内で物資不足への不満と「対西側譲歩」反対の民族主義が強まり、大統領辞任要求も出始めた。訪日前に日本の経済支援が明らかになると、「島を売るな」の声も高まり、訪日では、交渉継続合意が精いっぱいとなった。その年、ソ連が崩壊した。
大ロシア志向のプーチン政権が当面、北方領土を「売る」ことはない。だがその先、「新アプローチ」で、問題解決の扉がこじ開けられないとは断言できない。ゴルバチョフ氏ほどの譲歩受け入れ姿勢はないが、国内での立場は違う。プーチン氏は、決断したらそれを推し進められる。
日本の経済支援前のめりを警戒する米欧を納得させながら、その扉にたどり着けるか。安倍外交の手腕の見せどころだ。しかし、「力による変更」を黙認する妥協だけは、絶対すべきでない。
日ロ平和条約、北方領土問題も、日中関係改善も極めて大事だ。だが、「改善の兆しを見せていた日中関係だったが、中国がいらだちを募らせたのは、日本が南シナ海の海洋進出を巡って中国をけん制し続けていることだ」(毎日社説)などと言うのは、本末転倒である。
G7がここで力による変更断固反対の大原則を緩めたら、21世紀の地球は、強者が木の葉を沈め、石を浮かせるジャングルになってしまうだろう。
(元嘉悦大学教授)