トランプ氏候補指名阻止を

Charles Krauthammer米コラムニスト チャールズ・クラウトハマー

「剛腕」支持する福音派

政策とは無関係な大統領選

 【ワシントン】キリスト教福音派に何が起きたのだろうか。福音派はテッド・クルーズ氏の支持基盤だと思われてきた。しかし、スーパーチューズデーではドナルド・トランプ氏を支持した。

 クルーズ氏は、アラスカ州、オクラホマ州、テキサス州で好成績を上げた。テキサス州では17ポイントも差をつけた。それでも、マルコ・ルビオ氏を押しのけて、トランプ氏のただ一人の対抗馬となるには不足だった。

 クルーズ氏は、福音派の票を獲得し、南部全域で勝利しようとできる限りの準備をし、地元の牧師や指導者らとの関係を強化した。だが、オクラホマ、テキサス州以外では、大差でトランプ氏に負けた。

 どうしてこのようなことになったのだろうか。聖書的にも、精神的にも、トランプ氏ほど問題の多い人物は見当たらない。福音派の中から反トランプの声もいくらか出ており、キリスト教徒は堂々とはトランプ氏を支持できない。3度結婚し、数多くの罪を犯してきた人物であり、とりわけ「七つの大罪」に関しては目に余るものがある。

 このような神学的な議論は説得力があり、熱くなりやすいものだが、多くの問題を抱えたこの時期にそれは重要視されない。今回の選挙で福音派は、福音派の人物を求めていない。求めているのは福音派を守ってくれる人物だ。

 福音派は、トランプ氏に対して幻想を抱いているわけではない。宗教の地位を高めてくれることを期待しているわけでもない。トランプ氏がもたらすのは、精神的なものではない。それは、悪評の高いミズーリ大学の元教授メリッサ・クリック氏の言葉を借りれば「マッスル(剛腕)」だ。

 この取引が際立ったのは、トランプ氏の1月のリバティー大学での演説だ。トランプ氏は最初はあまり乗り気ではなく、福音派の仲間のようなふりをする姿はこっけいで、まったく説得力はなかった。リバティー大学ではほかにも、同胞のような素振りを見せた。聖書の言葉を引用したのだが、「コリント人の二つの手紙」と言って会場を笑わせ、聖書にまったく通じていないことが分かってしまった。

 だが演説のほかの場所では、国外のキリスト教徒がいかに迫害され、虐殺されているか、国内のキリスト教徒がいかに文化的、政治的に困難を抱えているかについて指摘し、「キリスト教を守る」ことを約束した。

 面白い言い方だ。キリスト教徒だけでなく、キリスト教も守るという。トランプ氏が約束したことは、教会の庭の門の外に立って、中にいる信徒らを守るということだ。古代ローマの百人隊長のようなものであり、国外では野蛮人で、国内では好戦的な無宗教者だ。

 福音派へのメッセージは明確だ。仲間ではないし、聖書を暗唱することも、正しく引用することもできないが、キリスト教徒のためにキリスト教世界の境界線をパトロールするということだ。要するにどうしたいのだろうか。聖歌隊の子供でいてほしいのか、それとも銃を持ち、威圧的な感じのタフガイでいてほしいのか。

 福音派はこれにはっきりと答えた。群れの中からトランプ氏を選んだ。

 トランプ氏の言っていることの本質は、福音派に対してであれ、誰に対してであれ全く同じだ。「タフな私が守ってやる」ということだ。攻撃されても傷つかないのはそのためだ。ポリシーがなく、ポリシーとされている主張の数々は矛盾し、突然、爆発したり、急に投げやりなことを言ったりしても、そんなことは大したことだとは思われない。

 誰も気にしていない。トランプ氏への支持は、実際の政策とは全く無関係なのだ。1日の夜、共和党の有権者は移民問題にあまり関心を持っていないことが明らかになった。移民問題を最優先課題と考えているのはわずか10%程度だ。トランプ氏は移民に非常に厳しい態度を示し、それが政治的支持につながっているが、それは政策が支持されたのではなく、この問題にけりを付けようというスタイルが人の気持ちを引き付けただけだ。

 暴言を吐き、他の候補をつぶしておきながら、トランプ氏自身は無傷でいるのはそのためだ。ジョン・マケイン氏のヒロイズムをまね、カーリー・フィオリーナ氏の外見に難癖をつけ、プーチン大統領にはごまをする。中身は何もない。あるとすれば、遠慮会釈なく「そのごとくに」ものを言う率直さへの支持だ。

 トランプ氏は2月28日、デービッド・デューク氏とクー・クラックス・クラン(KKK)からの支持を拒否することを断った。ほかの候補がそんなことをすれば生き残れない。トランプ氏は生き残るばかりか、さらに強くなっている。その2日後、スーパーチューズデーの11州のうち7州で勝利し、指名獲得まであと一息のところまで行った。

 トランプ氏を止める唯一の方法があるとすれば、皆が束になって全面的にトランプ氏の主張の核心を攻撃することだ。信頼でき、守ってくれるタフガイであるトランプ氏を攻撃することだ。

 もう手遅れかもしれない。だが、それ以外に手はない。

(3月4日)