「イスラム国」掃討阻むオバマ氏
トルコの協力がカギ
ヨルダン単独の攻撃は危険
【ワシントン】「イスラム国」は、何のために捕獲したヨルダンのパイロットを焼殺したのだろうか。ヨルダンを紛争の泥沼に引きずり込んで不安定化させようというのだろうか。
一見、これは無意味のように見える。残虐な処刑によってヨルダンは反イスラム国で沸き立ち、連帯を強めたからだ。
確かに今のところはその通りだ。半年後はどうだろうか。連帯心などすぐに薄れてしまう。9・11後、何年間もの先の見えない紛争の中で、米国人の関心が薄れ、現在のような戦争疲れを起こしてしまったことを見れば、すぐに分かることだ。米国人ジャーナリストの斬首後、米国人の反イスラム国感情は高まったが、5カ月足らずで、戦闘に対する失望感が生まれ、国内は分裂した。
ヨルダンは比較的攻撃しやすい標的だ。米国よりも不安定化させやすいからだ。ほぼ100年以上にわたってヨルダン情勢は、奇跡的といえるほど安定している。英国が王国を押し付け、人工的に国境線を引いて作り上げられた安定だが、国内は比較的平穏であり、4世代にわたる4人の支配者間の政治権力の移譲はスムーズに行われてきた。
同じようなプロセスを経て生まれたレバノン、シリア、イラクと比較すれば、ヨルダンはまさに奇跡というべきだ。だが、脆弱(ぜいじゃく)でもある。前線の兵士や特殊部隊は大部分がベドウィンだ。ハシミテ王国を支えているのはベドウィンだが、国内では少数派だ。多数派は、先住民族ではないパレスチナ人であり、そこに130万人のシリア難民が加わった。
しかし、最も重要なのは、ヨルダンに強固な基盤を持つムスリム同胞団であり、同胞団よりも過激な聖戦主義組織だ。一部はイスラム国に同調している。約1500人のヨルダン人がすでに、イラクとシリアでイスラム国に加わっている。それ以外のイスラム国同調者らは国内にとどまり、行動のタイミングをうかがっている。
今はまだ行動する時はないだけだ。ヨルダン人の怒りはピークに達しているが、ヨルダンにとって危険性も高まっている。ヨルダンは空から攻撃を行っているが、いずれ地上からの攻撃も実施される可能性がある。そうなれば長期的な戦闘を迫られるようになり、この地域で過激組織を抑える主要な防波堤の役割を担っている政権は消耗し、衰弱してしまうからだ。
何を目指すべきかを慎重に考えるべきだ。米国人は多国間協調主義を信仰している。オバマ大統領は、巨大な連合を組織して、アラブ・クルドを前線に置き、米国が空軍力でこれを引っ張っていくという対イスラム国戦略を描いている。
有志連合には60もの国々が加わっているという。米政府は自慢げだが、ヨルダン、サウジアラビア、バーレーン、アラブ首長国連邦(UAE)によるアラブの前線部隊は、小規模で、実質的な効果はない。実際にUAEは昨年末に空爆を停止していたことが明らかになった。
オバマ政権の政策はこれまで全く効果を上げていない。イスラム国対策が開始されて以降、イスラム国のシリアの支配地域は倍加した。イラクのシーア派民兵、イラク軍、クルド人、米空軍がこれまでできなかったことが、ヨルダン・サウジ軍にできるとは考えにくい。
ここで欠けているのは言うまでもなく、かつて優勢だった非聖戦主義者らの反政府勢力のような本格的な地上軍だ。シリアの反政府勢力はオバマ氏に見捨てられ、しぼんでしまった。クルド人は、戦う意思も、能力もあるが、オバマ政権はあきれたことに、依然として武器の供与を渋っている。
さらに重要なのはトルコだ。イスラム国を駆逐できる規模と力を持っているのはトルコだけだ。しかし、イスラム国を駆逐すれば、トルコにとって宿敵で、イランの支援を受けたアサド政権の力が増し、事実上支援することになる。
トルコが参加するには、米国がアサド政権の排除を支援すると約束する必要がある。だが、米国はこれを拒否した。トルコが動かないのはそのためだ。
オバマ氏はどうして拒否したのか。アサド政権は退陣すべきだと言ったはずだ。それは、アサド政権の支援者であるイランの聖職者らを怒らせたくないからだ。オバマ氏は、イラン政府との和解という壮大な夢の実現を目指している。
オバマ氏はこれを、ラシュモア山への切符と考えている。ニクソン元大統領の中国訪問のようなイランとの和解を夢見るオバマ氏は、イスラム国とアサド政権に対抗する上で最も重要な協力関係を築ける可能性のあるトルコを避けているのた。
オバマ氏にとって残されているのは、ヨルダンのような前線の脆弱なアラブ諸国だ。
そのアラブ諸国でさえ、オバマ氏がイランとの和解をやみくもに追求する姿に嫌気が差している。イランは、アラブ世界にも自国の聖職者支配を持ち込もうとするだろう。アラブ諸国、特にサウジが本格的な軍事的関与を控えているのはそのためだ。ヨルダンは、今はパイロットの殺害を受けて、自力で勇んで攻撃に乗り出しているものの、リスクが大きい割に、目標を達成できる可能性は小さい。
(2月6日)