中国とどう付き合うか?日本の政治再建は? 京都大学名誉教授 中西輝政
中国経済に世界史的異変
安倍晋三首相のブレーンとして知られる中西輝政京都大学名誉教授は、150回目を迎えた世日クラブ講演会(8月20日)で、「中国とどう付き合うか~日本の政治再建は?」と題し講演した。中西氏は、中国経済の世界史的異変を指摘した上で、二つの選挙で大勝した安倍政権に対し保守派の分裂を警戒すべきだと釘を刺した。以下はその講演要旨。
実質成長は2、3%の水準
対中姿勢は聖徳太子に習え/グローバルな価値基準を軸に
「日本の再建」と「中国とどう付き合うか」というのは、この国にとって常に表裏一体の問題だ。江戸時代、日本は鎖国をした。通常、スペイン、ポルトガルのキリスト教が入ってこないように鎖国した、と教育を受けているが、それよりも突き詰めると、中国と付き合いながら、中国からの悪い影響を回避し日中間では経済・文化交流を続けていこうというもので、その意味では鎖国は現代的意味を持っている。
アメリカ合衆国と日本がどう付き合うかというのは、この十数年で両国として大きな成果となって示されている。アメリカ合衆国は欠点もあるが、何より重要な価値観を共有している国だ。日米関係はすでに深く発展している。各論では不満もあるが、総論ははっきりしている。
一方の中国はどうかというと、資源は恵まれている。人口は多い。文化や価値観で、影響力をもった伝統があり、アジアの中心的な位置付けだ。しかし、西洋列強がアジアに来るようになって、中国はいいところがなく混迷の時代を迎えた。
さらに、共産主義革命を起こして、混乱もあったが鄧小平が改革開放で市場経済を導入し、世界のグローバル化に棹さして成長し目覚ましい経済発展をした。
今後、中国がどちらにいくか。そもそも中国はどういう国なのか。21世紀の世界で長期的な安定を生み出すリーダーシップを発揮できるのか問われている。
今年3月にインドや北米、6月に欧州を旅行した。テーマは中国経済をどう見るかだ。
いよいよ中国経済に何か起こっている。これは世界史的瞬間になるかもしれない。冷戦後、中国は破竹の勢いで経済成長した。それが一昨年くらいから、かつてない異変が起こって、これまでの成長が止まり始めている。
昨年の成長率は7・5%ということだが、表向きの指標とは別の電力消費量や貨物輸送量、通関手続きをした輸出入品の物流といった、ごまかしが利かないデータをチェックすると、2011年と12年の実質成長率は、せいぜいでも3%や2%の水準だ。
ウォール・ストリート・ジャーナル紙の中国特派員だった米経済評論家ジェームズ・マクレガー氏の本を現在、翻訳中だ。
彼は長年にわたって、中国経済を手助けした人だ。中国のWTO(世界貿易機関)加盟交渉でのるかそるかの時、マクレガー氏は何度もワシントンに行って、中国の加盟をプッシュしたことがある親中派経済人だ。その彼が昨年秋、本を書いた。
その中で「古い知恵がなければ、ついてくる人もいない。昔流のやり方をしないとやりようがない」とし、中国には米が期待しているような21世紀型の経済協力は難しい、などと大変悲観的に書いている。
ただ彼の場合、中国政府にプレッシャーを掛けようという意味もあろう。
中国を考える場合、本質問題にまで目配りをしないといけない。市場経済を導入すると、通常とは違ったスピードで走りだす。社会主義国家というのは、規制を取り払うと際限のない爆発力があるためだ。当たり前のことだ。問題はその持続力だ。
日本の国益から言うと、中国とは常に政経分離が常識だ。特に経済界の指導者が、日中間の政治問題に対し口出しし、日本政府批判を公の場で論じるというのはやめてもらいたい。
友好や協調には、原則がないといけない。「靖国で日中友好にヒビが入る」とか言って、自分の同胞に売国行為を働き掛ける。一国民として恥ずかしいことだ。外国に言われて何かするとか、しないとかあってはならない。
文明社会では昔から内政不干渉という大原則がある。リチャード・アーミテージ元米国務副長官が2005年に訪日した際、TBSの筑紫哲也がニュース23にゲストとして呼んだ。そこで筑紫氏は「靖国参拝して中国が抗議してきたが、どう思われますか」と尋ねた。
アーミテージ氏はたちどころに「外国が参拝するなというなら、絶対、参拝しないといけない。それ以外の選択はない」と答えた経緯がある。筑紫哲也氏は顔色なしだった。
しかし、外国が自国の内政に関し圧力を掛けてきたなら、「必ずその反対のことをする」というのが国際的な常識だ。それをしないで全て言いなりになるというのは、世界では大変、珍しい国だ。
なお政治というのは、与党独り勝ちというのは変則的な民主主義だ。民主党が二大政党の一つにふさわしかったとはとても言えない。とんだ「食わせ物の政党」であった。民主党が悪いのではない。有権者とマスコミが悪いのである。しばらくは健全な野党はあり得ない。
問題はこれからだ。保守が二つに分裂する兆候が現れている。だが、ただでも弱い日本の保守は分裂してはならない。何よりも憲法改正を含めて、横一線に手をつないで歴史的な課題に対処しないといけない。
秋の臨時国会では、集団的自衛権問題が動きだす。内閣法制局長官の首も飛ばした。これは大変良かった。専守防衛そのものから脱却しないといけない。ある人たちから言えば「日本は戦争するのか」となり「危険」となる。
しかし、集団的自衛権を言うなら、専守防衛とはなり得ない。自分は戦争していなくても、日本周辺で米軍がやられたら行動に出ないといけないのだから。
尖閣を防衛するのは、領土だから分かりやすい。しかし、それが北朝鮮のミサイルとなると、弾頭が核弾頭かもしれない。そうすると先制攻撃するしかない。これに安倍政権が動きだそうとしている。ただ、憲法に具体的に手を着けるのは大変なことで、その覚悟が必要だ。
人民日報が昨年12月に「次の三つをやれば、中国は座視しない。その三つとは、靖国参拝と尖閣諸島への公務員常駐など実効支配強化、それに憲法改正だ」と書いた。
しかし、孫子の世代にしっかりした日本を引き渡し、まともな国として蘇るには、これらは全部必要なことだ。
一方、中国に対するアプローチは聖徳太子に尽きる。聖徳太子は「日出づる処の天子」の国書にあるように、いかなる場合も日中は対等の立場を堅持し、仏教という当時の国際基準を関係の基礎に据えようとした。
ただそれだけではなく、互いに国として敬意を払いながら、最低限、「つつがなきや」と心を通わし、仲良くしましょう、と常に呼び掛けることが大切だ。
聖徳太子の時代、共通する価値観は仏教だったが、グローバルに日中が依拠すべき現代の価値観でいえば、自由、民主主義、人権というものがある。
国連加盟国でありグローバルな市場経済を担う中国に対し、早く独裁をやめて世界共通の価値観を軸にして、未来志向で前向きに付き合うよう呼び掛ける必要がある。それが聖徳太子の外交の知恵を現在に生かせる中国との付き合い方だ。
なかにし・てるまさ 1947年、大阪府生まれ。京都大学法学部卒業、英国ケンブリッジ大学歴史学部大学院修了。三重大学助教授、静岡県立大学教授、京都大学大学院教授を経て、現在、京都大学名誉教授。石橋湛山賞、毎日出版文化賞、山本七平賞、正論大賞、文芸春秋読者賞受賞。主な著書に「アメリカ外交の魂」「大英帝国衰亡史」「迫り来る日中冷戦の時代」など多数。