動物画にみる長谷川等伯の世界

出身地の石川県七尾美術館で展示

 桃山画壇を代表する巨匠・長谷川等伯(1539~1610年)の描く動物画には、当時の絵師には見られない独特の情感がこもっている。出身地の石川県七尾市にある県七尾美術館で開催中の「長谷川等伯展~その多彩な画業~」でも仏画や肖像画、山水画、金碧画とともに、一点の動物画が出展されている。そこには生き生きとした2頭の虎が描かれ、動物を通した等伯の情愛の世界が描き込まれている。同館では見学に訪れた子供たちに、等伯の幅広い画業と文化人との深い交流を知って欲しい、と話している。(日下一彦)

幅広い画業の背景学べる

動物画にみる長谷川等伯の世界

「竹虎図屏風」に描かれている2頭の虎(同展図録より)

 出展されている動物画は「竹虎図屏風(ちっこずびょうぶ)」(東京都・出光美術館蔵)で、大きさは各縦154・4㌢、横361・6㌢。竹林の中で雌雄と思われる虎が表情豊かに描かれている。斑紋(はんもん)や毛の線描は躍動感がある。

 六曲一双の右側、右隻(うせき)の虎は、頭を低くして前方をにらむ姿勢で描かれ、緊張感にあふれている。同館主幹・学芸員の北原洋子さんによれば、同図は安土桃山時代の狩野派の絵師で、狩野永徳の父・狩野松栄の「竹虎図壁貼付」(京都聚光院蔵)などに似る一方、中国・南宋時代の禅僧画家・牧谿(もっけい)の「虎図」(徳川美術館蔵)の影響もみられるという。今にも飛びかかりそうな生きた虎という虎図に求められる基本的な課題を達成している。

 ところが左隻(させき)の虎はこれとは対照的だ。猫のように後ろ足で頭を掻き、のんびりとしたポーズで、愛くるしさがある。「左隻の虎が雌で、右隻で描かれているのは求愛するかのようなポーズに見え、雄ではないか。この左右対照の組み合わせに等伯の独創性を見ることができます」と北原さん。すなわち、当時の多くの絵師たちが手がけてきた既存の迫真的な虎図とは違った斬新さと魅力を等伯は探求した。「そこに等伯の野心と意欲がうかがえ、筆致とアイディア双方からそれが伝わります」。

 ところで、右隻の虎とそっくりな姿態の虎が26歳筆「十二天図」の日天像が立つ敷物の毛氈(もうせん)座に描かれている。当時の等伯は信春の名で主に仏画を描いていた。活動の場も能登中心だったが、時折上洛した際などに見た虎の絵が印象に残ったようだ。

 等伯は天文8年、能登国の戦国大名・能登畠山氏の下級家臣奥村家に生まれ、幼くして染物屋を営む長谷川宗清(むねきよ)の元へ養子に迎えられた。奥村家、長谷川家は共に熱心な法華信者で、等伯もそれを引き継いだ。絵師としての等伯の類(たぐい)まれな才能は、近年の調査で養父宗清と養祖父とされる無分(むぶん)の2人によって育てられたことが分かってきた。

 養父母亡き後、30歳代中頃上洛し、上洛後は長谷川一派を率い、画壇の実力者・狩野派に対抗して豊臣秀吉や大寺院の仕事をこなした。等伯のように一介の絵仏師として生まれれば、一生絵仏師で終わるのが当時は通例だったが、上洛後は千利休や春屋宗園(しゅんおくそうえん)らトップクラスの著名人らと交流し、その実力を遺憾なく発揮、ついに秀吉の御用絵師にまで上り詰めていく。ところが等伯55歳の時、将来を嘱望されていた長男久蔵を26歳の若さで失う。その2年前には、利休が秀吉から切腹を命じられ、自刀する悲劇が襲っている。絵師としての成功の陰で、計り知れない悲哀も味わっている。

 等伯が水墨画に美の境地を求めていったのはこの頃だった。秀吉ら権力者が好む金碧画(きんぺきが)ではなく、藁(わら)筆や竹筆、細い筆を束ねた連筆を自由自在に使いこなし、墨の濃淡だけで国宝「松林図屏風」など数々の名品を残している。動物を描いた等伯の水墨画は、前述の牧谿作「観音猿鶴図(かんのんえんかくず)」(京都・大徳寺蔵)に大きな影響を受けているとされる。今回出展されていないが、等伯の「枯木猿猴図(こぼくえんこうず)」は、牧谿の筆法を会得するまで何度も繰り返し描いた。

 それを手本にした「枯木猿猴図」(京都・龍泉庵蔵)は、子猿が母猿の首に乗っかり、親子の表情が実にほほ笑ましい。牧谿図には見られない父猿も描かれ、家族の情愛が伝わる。一方、牧谿は母猿が小猿をしっかりと抱きかかえるように描かれ、「自然の中に生きる厳しさが伝わる」と北原さん。その点、等伯の動物画には「同時代の他のどの画家にも見られない等伯独自の日本的な愛情表現を試み、瑞々しい芸術性があります。等伯の根強い人気の一つは、そこにあるのではないでしょうか」と解説している。

 さらに、北原さんは観賞に訪れる中高生に、「等伯の幅広い画業の背景には、利休はじめ当時のトップクラスの文化人と深い交流があったことを知って欲しい」と述べている。同展は水墨画とともに、仏画から肖像画や動物画、山水画、着色画、金碧画など全21作品を紹介している。6月1日(日)まで。