米朝対話誘導へ「保守」演出か、米韓首脳会談で文大統領変節
共同声明に「北人権」「台湾」
バイデン米大統領と韓国の文在寅大統領による対面では初の首脳会談が行われ、共同声明に「北朝鮮人権の改善」や「台湾海峡の安定維持」などが盛り込まれるなど北朝鮮と中国に厳しい姿勢が示された。ただ、これは任期最終年を迎えた文氏が、米朝対話とそれに連動する南北融和の実現に躍起となり、バイデン氏の求めに応じ自らの所信とは異なる「保守」路線を演出したものとみられる。
(ソウル・上田勇実)
対北低姿勢を警戒する声も
首脳会談終了後、韓国保守系大手紙は電子版で会談結果について見出しで大きくこう伝えた。
「北朝鮮人権と台湾に言及…韓米共同声明、中朝のアキレス腱を突いた」
これまで文氏は、金正恩朝鮮労働党総書記を刺激せず南北融和を維持したいという思惑から北朝鮮の人権蹂躙(じゅうりん)に沈黙し、中国への経済依存の高さから中国歴代政権が取ってきた「一つの中国」原則に沿って台湾問題への言及も避けてきた。一貫して中朝に迎合してきた文氏の突如の豹変(ひょうへん)ぶりを韓国メディアが大きく取り上げるのも無理はない。
だが、米韓は「北朝鮮と中国を見る根本的な見方と哲学の対立を解消し、これが対外的にクローズアップされるのを防ぐのに骨が折れる」(元韓国政府高官)ほど溝が深まっているのが現状だ。「北人権」「台湾」への言及は、文氏が自分の政治哲学を一時封印してまでバイデン氏に譲歩した結果と見るのが自然だ。
共同声明は中朝両国が懸念する日米韓3カ国の連携の重要性にも言及。それが「北朝鮮問題」と「安保」を念頭に置いたものだと明記した。
文氏が米朝対話と南北融和にいかに執着しているかを示す象徴的な出来事としては、昨年の菅義偉首相就任後に政府・与党の要人を相次いで日本に送り、東京五輪・パラリンピックを舞台に米朝・南北・日朝の首脳外交を提案したことが挙げられる。
また日本政府に賠償命令を下した今年1月の慰安婦訴訟判決について「困惑している」と述べ、2015年の日韓慰安婦合意を公式合意と認めるなど、反日路線を一転させたかのごとき態度も米朝対話復活に日本の協力が欠かせないと判断した上での布石だった可能性がある。
問題は米韓首脳会談後に米朝対話がどこまで動き出すかだ。文氏は会談でバイデン氏に北朝鮮との対話を促した可能性が高いが、北朝鮮通として知られる米国務省のソン・キム次官補代行(東アジア・太平洋担当)を北朝鮮担当特使に任命することが明らかにされたため、「文氏がそれ以上のことを要請するのは難しかった」(南成旭・高麗大学教授)とみられる。
金正恩氏との会談についても「核兵器について協議するという約束があれば」(バイデン氏)、「適切な準備ができた後でなら」(米高位当局者)という条件付きで、あくまで慎重だ。
今回の会談で両首脳は、18年4月の南北首脳会談で発表された板門店宣言と同年6月の米朝首脳会談で発表されたシンガポール共同声明に基づいた「外交と対話」が「朝鮮半島の完全な非核化と恒久的平和定着」に必須との認識を確認した。
しかし、板門店宣言もシンガポール共同声明も最重要懸案である北朝鮮の非核化が最後の部分に「朝鮮半島の非核化」という曖昧な表現で登場。事実上の北朝鮮主導による南北統一や休戦協定の平和協定への転換、米国の対北敵対政策の見直しなど全体的に北朝鮮の要求が反映された内容だ。
板門店宣言に至っては宣言に基づいて開城に造られた南北共同連絡事務所が北朝鮮によって爆破されるという「生傷」まで負っている。
米国側がこれらの合意を尊重することにした背景には、バイデン氏の対中強硬路線に歩み寄った韓国への見返りに米国が文氏の対北融和路線に歩み寄った結果という見方もあるが、早くも「一方的な低姿勢に同調するという意味ではないことを肝に銘じるべき」(韓国野党「国民の力」報道官)と警戒する声が上がっている。