英訳上橋作品が米国で文学賞受賞

文学が国境を超えて届いた

翻訳家・平野キャシーさんに聞く

 国際アンデルセン賞(2014年)を受賞した児童文学・ファンタジー作家で文化人類学者の上橋菜穂子さんの『獣の奏者』(講談社)が本年1月、米国図書館協会のヤングアダルト部門が優れたヤングアダルト「作品」に贈るマイケル・L・プリンツ賞(銀賞)を受賞した。同書を英訳したのがカナダ生まれで香川県高松市在住の翻訳家・平野キャシーさんに話を伺った。
(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)

養蜂の本がヒントに
生命の不思議に心震わす

受賞の感想は。

(ひらの・キャシー)1957年カナダ生まれ。12歳でバハイ教に触れ、20歳で来日。国際基督教大学で文化人類学を学び、卒業後は土木会社で翻訳に携わる。その間、児童文学の翻訳も手がけ、東京バハイセンターで出会った建築家の夫と結婚し、子育てのため高松市に移住。荻原規子の『空色勾玉』、湯本香樹実の『夏の庭』、近藤麻理恵の『人生がときめく片づけの魔法』や上橋菜穂子の『精霊の守り人』『獣の奏者』などを英訳した。

(ひらの・キャシー)1957年カナダ生まれ。12歳でバハイ教に触れ、20歳で来日。国際基督教大学で文化人類学を学び、卒業後は土木会社で翻訳に携わる。その間、児童文学の翻訳も手がけ、東京バハイセンターで出会った建築家の夫と結婚し、子育てのため高松市に移住。荻原規子の『空色勾玉』、湯本香樹実の『夏の庭』、近藤麻理恵の『人生がときめく片づけの魔法』や上橋菜穂子の『精霊の守り人』『獣の奏者』などを英訳した。

 日本語が原作の受賞は初めてで、翻訳書としてではなく純文学として受賞しました。上橋さんの作品の力がアメリカでも認められたことで、文学が国境を超えて人々に届いたことが一番の喜びです。

『獣の奏者』の舞台は古代の仮想国で、真王一族と王に仕える大公がいます。大公は真王から授かった笛で獰猛(どうもう)な王獣を飼いならし、国を守っています。野生の王獣親子の生態を見た少女エリンが、竪琴(たてごと)で心を通わせたことで、国の争いに巻き込まれていきます。上橋さんは養蜂の本がヒントになったと言っています。

 上橋作品の特徴は科学に基づいたファンタジーで、『獣の奏者』は「決して人に馴(な)れぬ孤高の獣と、それに向かって竪琴を奏でる少女」という心に浮かんだワンシーンが執筆のきっかけになったそうで。構想は何年も前からあったのですが、養蜂に関する本を読むうちに、生命の不思議に心震わす少女のイメージが浮かび上がったのです。

真王と大公の関係は日本の天皇と武士に似ています。

 上橋作品には権力や統治の複雑さが描かれていて、『獣の奏者』ではまさに日本の統治の仕組みを考えさせられます。

新型コロナウイルスによるパンデミックは人間と自然との関係に対する警告なのでは。

 2014年度本屋大賞になった『鹿の王』(角川文庫)はまさに感染症がテーマで、虐げられた部族が新種のウイルスを武器に故郷を回復しようとして起きる混乱と葛藤を描いています。比較医療の世界が描かれていて、児童向けではなく完全に大人向けの物語です。ウイルスとの共存をどうするかという、今世界が直面している課題がファンタジーとして展開されています。

 上橋さんは同書の「あとがき」で「『人は、自分の身体の内側で何が起きているのかを知ることができない』ということ、『人(あるいは生物)の身体は、細菌やらウィルスやらが、日々共生したり葛藤したりしている場でもある』ということ、そして、『それって、社会にも似ているなぁ』ということ、この三つが重なったとき、ぐん、と物語が生まれでてきたのでした」と書いています。

バハイ教では人と自然との関係をどう見ていますか。

 バハイ共同体が発行した小冊子「地球資源の保護」には「私たちは、人間の心を人間の外にある環境から切り離して考えたり、あるいは、このうちの一つが改革されたら全てが改善されるだろうと考えたりすることはできません。人間は地球と切り離すことのできない存在です。人間の内面的な活動が環境を形成するのであり、また内面的な活動自体も環境に強く影響されます。一方は他方に作用するのであり、人間の生活における永続的な変化というものは全て、これら二つの要因の相互作用の結果なのです」(1933年、ショーギ・エフェンディの代理による手紙)とあります。

 創始者バハオラは「自然は、その本質において造物主、創造主であるわが名の具現されたものである。(中略)自然は神の意志であり、依存的世界において、また依存的世界を通してその意志が表わされたものである。それは定め給う御方、全てに賢明なる御方により定められた神の摂理である」と語っています。

バハイ教との出合いは。

 12歳の時、バハイ教に出合った友達に教えてもらいました。私の家は英国教会で、イギリスとアイルランドの血が入っています。当時、疑問だったのは北アイルランド問題でテロが頻発していたことで、神父の説明にも納得できませんでした。

 バハオラは、「宗教は愛と和合のためにある。それを敵意と不和の原因にするな」と言い、宗教は昔からの一つの流れで、時代や社会的な教えの違い、人間個々の解釈によっていろいろな宗教に分かれてはいるが、根源と目的においては一つであるとし、人種差別やナショナリズムを否定し、諸民族の融和を強調しています。その教えにすごく納得したのです。

子供時代の読書体験は。

 毎晩のように、両親が読み聞かせをしてくれていました。母方の祖母が図書館の司書で、この年齢の子供にはこの本がいいとか、いつも周りに児童文学のいい本を用意してくれ、それが私自身を形成する上でとても大きな力になりました。

 私は4人兄弟の真ん中なので、姉が読み聞かせをしてくれたり、弟に読み聞かせをしたりもしていました。小学校6年生になると、下級生に読み聞かせをしたこともあり、子供たちの表情を見ながら話すのが楽しかったですね。人に語ることで理解も深まり、子供たちがどこで笑うか、悲しむかなどを見て、別の視点を知ることができますから。

怖い昔話もあります。

 人として守らなければならない倫理や道徳を、怖い話を通して伝えているのです。嘘(うそ)をついてはいけない、人の物を盗んではいけない、羨(うらや)ましがってはいけない、そうすると痛い目に遭うなどの教えで、心理的にすごく効果があったように思います。

物語の力とは。

 私たちは変わるべき時を迎えています。神の愛に溢(あふ)れる創造の力が後押ししてくれていることを信じることが大切です。そうでないとくじけてしまいますから。今は経済危機など暗い話が多いのですが、大事なのはこれからのビジョンを語り合うことです。私もそちらの方に関わっていきたいですね。