新型コロナウイルスと宗教
濃厚接触しない日本の風土
神道国際学会理事長 三宅 善信氏に聞く
新型コロナウイルス感染症の流行は、専門家の間で指摘されていたが、昨年2月刊行の『風邪見鶏 人類はいかに伝染病と向き合ってきたか』(集広舎)でパンデミックの警告を発していたのは、神道国際学会理事長で金光教春日丘教会長の三宅善信師。宗教家としての視点を伺った。
(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)
合掌の習慣を世界に
相手に神仏同様の敬意
『風邪見鶏』の「はじめに」で、大惨事に遭遇しても、人々がうろたえることなく対処するために書いたとありますが、今の状況をどう思いますか。

みやけ・よしのぶ 金光教の家に生まれながら同志社大学大学院で組織神学を、ハーバード大学で大乗仏教を学んだのは、世界でメジャーなキリスト教と、日本でメジャーな大乗仏教に通じるため。今年10月、サウジアラビアで開催予定のG20宗教フォーラムの準備委員でもあり、三宅師の提案で感染症のセッションが設けられることになった。近著に『神道DNA:われわれは日本のことをどれだけ知っているのだろうか』(集広舎)がある。
まさしくうろたえ、大混乱しています。
1匹の迷える羊を救うために99匹を犠牲にしてもいい、というのが宗教の論理ですが、為政者は99匹を助けないといけない。それを状況倫理的に社会が認めるかどうかが問われている。
金光教での対策は。
毎年4月上旬に、全国から万単位の団体参拝者が足を運んで岡山県金光町の本部で実施されていた大祭は「遙拝」になり、祭典は信者の参拝なしに祭員だけで仕えられました。当然、大阪から新幹線を借り切って実施していた団体参拝も中止になり、全国の千数百ある教会の大祭も本部に「右へ倣え」で、それぞれのご信者は自宅で遥拝する形となって、経済的にも大打撃を受けています。教会に集まる場合も、間を空けて席に座り、拝詞を皆で唱えることもしません。毎日のお勤めも、規模縮小、時間短縮で行っています。
ウイルスが鳥などから人に感染するのは。
ほんの100年前までは、地球上で最も広域を移動する生物は渡り鳥ですから、ウイルスの宿主として最適です。もともと鳥インフルはカモ類の消化管の病気で、何万羽ものカモが渡りの途中に立ち寄る湖沼で、排泄(はいせつ)と給餌を通して相互に感染し合いました。それがなぜヒトの呼吸器系の病気になったのかは、今でもカモを家禽(かきん)化したアヒルやニワトリやブタが人と一緒に住んでいる中国の田舎で、野生のカモのウイルスがアヒルやニワトリに移り、それらの家禽のウイルスを含む排泄物をブタが食する際、鼻面の粘膜からブタに感染し、ブタの体内で消化器から呼吸器を介して感染するウイルスに変異し、同じ哺乳類のヒトにも移るようになったのです。
中国では食肉の流通過程における温度管理が不完全なので、いろんな動物が生きたまま市場で売られています。中国の流通の安全性が確保されない限り、感染は起こり得ます。
ウイルスの側からすると、大型の哺乳類で圧倒的に数が多いのはヒトで、しかも、発達した交通手段によって長距離を高速で移動するので、自分の遺伝子をばらまいてくれるスーパー・スプレッダーになり、宿主として好都合なのです。ですから、彼らの生存戦略としてウイルスがヒトを選んだのは当然です。
コロナ騒動で考えたのは自然との付き合い方です。
多様性が自然界全体を生き延びさせてきたので、熱帯雨林の開発などによる種の絶滅は防がなければなりません。
京都八坂神社の祇園祭は疫病退散のため始まったのですが、今年は呼び物の山鉾(やまぼこ)巡業が中止になりました。
スサノヲと習合した祇園精舎の守護神・牛頭天王の力で疫病退散を願う信仰が八坂神社(祇園感神院)の始まりで、全国に約2300社あり、それだけ人々は疫病を恐れていたのです。
日本に天然痘が広まったのは735年(天平7年)、九州北部からで、遣唐使か遣新羅使の可能性が高い。それが都にまで広まり、当時の人口の3分の1が死んでいます。死亡した貴族の中には、国政の中枢にいた藤原不比等の4人の息子もいました。今で言えば、総理と官房長官と財務大臣と自民党幹事長が一度に死んだようなものです。
この兄弟の妹が光明皇后で、天然痘の流行に責任を感じた聖武天皇は、それまでの儒教重視から、一転して仏教への帰依を強め、国分寺総本山としての東大寺と大仏の建造を命じます。今日の奈良の都の原型ができたのも天然痘のおかげと言えます。
西洋では、1492年にアメリカ新大陸(厳密には西インド諸島)に上陸したコロンブスの隊員が、原住民の女性と交わったことで梅毒をヨーロッパに持ち帰ったとされています。そこからわずか20年後の室町時代1512年の日本の医学書に、早くも梅毒について記述されています。大航海時代で世界は一挙に狭くなったのです。
スペインのコルテスが1519年に11隻の船でメキシコに上陸させた兵士は500人で、それが数万人のアステカ軍を滅ぼしてしまいます。武器の差もありますが、一番大きかったのはスペイン人が持ち込んだ天然痘で、アステカ人は悪魔のようなスペイン人の顔を見て逃げたと記録されています。天然痘で崩れていたのでしょう。
世界宗教は都市で生まれています。
感染症が蔓延(まんえん)したのも都市で、戦争や飢饉(ききん)に比べて原因が見えないことから、悪霊や悪魔的なものが原因だとされ、それを封じる手立てとして宗教が発生しました。開祖には高邁(こうまい)な教えがありますが、人々に広がった最大の要因は疫病退散で、感染症も宗教も都市を基盤に発達したと言えます。
アジアより欧米で感染者が多い理由は。
握手やハグ、キスなどの濃厚接触のせいではないか。それに対してアジアでは、人々のあいさつは、合掌して頭を下げるくらいで、濃厚接触しません。だから、その習慣を欧米にも広めたらいい。そもそも合掌は神仏を拝むときの動作で、その気持ちで相手に敬意を表することです。良い英語がないので、私はそのままGASSHOとかPEACE IN GASSHO と言っています。握手の本来の意味は、利き手の掌(てのひら)を相手に見せ、武器を持っていないのを示すことで、合掌の方がはるかに平和的です。だから合掌の習慣を世界に広めたい。