パンデミック米中情報戦、“偽情報”部隊が活発化

インタビューfocus

日本安全保障・危機管理学会上席フェロー 新田 容子氏

 中国湖北省武漢市で発生した肺炎をもたらす新型コロナウイルス感染が世界的大流行(パンデミック)を引き起こした最中、初のテレビ会議による先進7カ国(G7)外相会議が25日に開かれ、ポンペオ米国務長官は中国が同ウイルスの米軍起源説を唱えだしたことに、虚偽情報活動として遺憾を表明した。背景を日本安全保障・危機管理学会上席フェローの新田容子氏に聞いた。(聞き手=窪田伸雄)

中国の国際役割喪失も

新型肺炎は昨年12月1日に中国で初報があり、12月31日に危機感を持った医師の李文亮氏がネット上で警告した。世に知られるまで1カ月かかっている。

新田容子氏

 にった・ようこ 日本安全保障・危機管理学会上席フェロー。インテリジェンスおよびロシア担当。2016年2月まで防衛大学客員研究員。米、英、仏、独と連携するサイバーG5(知的所有権窃盗等)専門家会合の委員。仏CNAMセキュリティ防衛リサーチセンター上席フェロー。

 今日のイタリアはじめ欧州での感染の広がりを見ると1~2週間で大きく拡散しており、これは中国でも同じはずだ。12月中に医師らから当局に報告は届いていたはずだ。ところが、ひた隠しにして、告発した医師はデマを流すなと当局から取り締まりを受け、結局、中国が武漢市封鎖の対策を取るまで7週間が過ぎた。それまで手を打たないで世界に警告を発さなかった国家ぐるみの隠蔽(いんぺい)工作と言える。

米メディアでは武漢市にバイオセーフティーレベル4(P4)の中国科学院武漢ウイルス研究所があることから、P4研究室からの流出説の指摘もあった。

 P4研究所があるのは中国だけではない。武漢にP4研究所があるという流出説は、あまり意味がないと思う。新型コロナの感染は中国で起き、中国側が最初になすべきだった対応に注目すべきだと思う。

ポンペオ長官が指摘したが、最近は米軍か米中央情報部(CIA)がウイルスを持ち込んだなど米国起源説という発信が中国からある。

 誰が拡散させたのかというところで、欧米の非常事態を利用して虚偽情報を広めている。感染対策よりも、中国に批判を向かわせない対策を強めている。嘘(うそ)を真に置き換える中国のいつものパターンだ。しかし今、中国のシナリオに巻き込まれている国が多い。

G7外相会議での虚偽情報の指摘をどう見るか。

 新型コロナウイルスが発生したのは中国だ。中国の一番最初の対応が諸悪の根源であり、世界のグローバルリーダーになりたいのであれば責任ある対応をすべきだ。

 だが、自分たちで脚色してウイルスの抑制でなく情報の抑制に変えていったことが、パンデミックを引き起こした原因だと思う。こういう中国が国際的役割を果たす国になれるはずがない。今後の米中関係に大きく響き、米国はメッセージを発して世界に働き掛けるだろう。

どう情報を置き換えようとしているのか。

 今、「世界人類平和」のため中国はウイルスを封じ込めている、しかも武漢で感染者は出ていないと連日のようにディスインフォメーション(虚偽情報)キャンペーンを張っている。

 このキャンペーンを担っているのは、中国当局のインターネットポリスと呼ばれている部隊だ。日ごろは表に出ないが、元サイバーディフェンスビューローという機関で育成されたグループだ。しかし、新型コロナ感染が爆発して、情報を統括して中国を繰り返し称賛する活動が活発化してきた。

支援でEU切り崩す中国

 人民日報、環球時報などでも中国の努力に世界は感謝すべきだなど中国を世界のヒーローに置き換えようとしており、プロパガンダを盛んに打ち出している。

 また、中国外務省報道官が武漢からの感染拡大に反論する時に、「中国に対する人種差別である、偏見である」という言葉を用いている。これは中国人や中華系の個人が受けた問題について言うことで、新型肺炎の発生や問題を指摘された国家が使う言葉ではない。なぜなら中国政府自身が虚偽情報活動を行っているからだ。

 わが国としても他国と共に中国の手法の認識を共有し、国際連携を一歩進める旗振り役として淡々と振る舞う必要がある。

トランプ米大統領は「中国ウイルス」という言葉を用いている。

 メディアの中には反トランプ感情もあって暴言の一環で批判する向きもあるが、そうではない。トランプ大統領は、新型コロナウイルス感染は中国から始まったものだと明確なメッセージを中国と世界に送っている。新型コロナの件で正しくはっきり中国を正しているのは米国しかないのは残念だ。

米国起源説に米中の非難応酬とみるメディアが多い。

 まともなレトリックではないのだが、一笑に付すところがあったとしても、中国はしつこくそういうことをやっていく。世界の状況をよく見て、この機会に米国が築き上げてきたグローバルな軸をどう崩すかというところに中国は目を向けている。

 欧州に目を向けると分かりやすいが、今、イタリアの感染が大変だ。それに対して中国はマスク、医療器具など支援物資を送っている。イタリアは一帯一路に積極的に参画している。送るのはいいが、EU(欧州連合)の結束を崩そうと隙を狙っている。加えて、ファーウェイを後押しするためにオランダに、さらなる貿易投資活動としてギリシャにもマスクを送っている。そしてEUの支援が遅いと不満を募らせるセルビアにも医療器具支援をして手を掛けている。

 本来ならEUがソリダリティーを発揮して集団で対処すべきところなのだが、それが崩れかけている。EUにマスクを送ってくれ、検査キットを送ってくれと要請してももたもたして反応が鈍い。イタリアは毎日、死を目の前にしている。そこへ中国から物資が届くと、指導者たちがフェイスブックに中国の助けを称(たた)えEUを情けないと書く。それを中国が大きく報道するわけだ。

パンデミックが収束したら、米国と米国の同盟各国は中国に対してどう出るとみるか。

 今は欧米はじめ世界の各国は自国の非常事態で手いっぱいだが、収束後は中国をさまざまな国際課題を話し合うグローバルアクターとして認めていた、あるいはグローバルアクターとしての役割を期待していたこれまでの対応はなくなると思う。今までの中国に対する意識が変わるだろう。

 G7外相テレビ会議でポンペオ長官は、虚偽情報活動に力を入れている中国を非難した。このような形で中国にあなたたちはグローバルアクターになり得ないよというメッセージを送るだろう。

 米国はサイバー攻撃の問題で中国に多くの技術を盗まれて、既に制裁関税などで中国を叩(たた)いている。今回は技術ではなく命が奪われ、経済が回らなくなり、新たな対中制裁の可能性もあるかもしれない。