少子高齢化時代の町興し

永平寺と自動運転の二本柱で

福井県永平寺町長 河合 永充氏に聞く

 少子高齢化時代の行政の長は、税収の確保と住民サービスという二つの課題を克服しなければならない。人口約1万8千人の永平寺町の町長、河合永充氏(46)は、歴史ある禅の里・永平寺と、最先端技術を駆使した自動運転などを軸においた「町づくり」に取り組んでいる。

関係・交流人口どう増やす
住民一人ひとりが町守る

町長初就任から6年が経(た)ちました。就任時から、永平寺を軸に置いた「町づくり」を提案されてきました。

河合永充氏

 かわい・ひさみつ 昭和48年生まれ。平成18年、永平寺町議会議員に初当選。同22年2期目当選。同年10月、永平寺町議会議長に。同26年2月、永平寺町長に初当選。同30年2月、永平寺町長に再選。

 どの自治体も、少子高齢化の負のスパイラル、すなわち、人口減少↓税収減↓公共サービス低下↓不便で住みづらい↓他に移って行く↓さらなる人口減少という流れにどう歯止めをかけるか、懸命に取り組んでおられます。

 人口増が簡単に見込めない中で、私たちは町の関係人口、交流人口をどう増やすか、に重きを置いています。その際、永平寺町の最大の魅力・財産は何か。やはり曹洞宗大本山永平寺(小林昌道監院)の「禅」の世界です。ピーク時140万人の観光客は現在、半分以下。ここをてこ入れしたい、と。

 そこで2015年6月、福井県、永平寺町、永平寺の3者で永平寺門前の魅力を最大限に高める「永平寺門前の再構築プロジェクト」を発表しました。具体的には、「旧参道との一体的な永平寺川の修景」を福井県が、「1600年代の古地図に基づく旧参道の再生」などを永平寺町が、「外国からの参拝にも対応できる宿泊施設の整備」を、永平寺が担当。

 森ビル株式会社(東京都港区六本木)に、コンサルを担当していただき、永平寺の周辺を、江戸初期の面影を遺(のこ)しつつ、新しい魅力を放つ空間として生まれ変わらせるというものです。プロジェクト完了直後の19年5月、永平寺の仏殿や法堂など19棟が国の重要文化財に指定され、国の宝となりました。

「町民一人ひとりがワクワクするような強い永平寺町」をつくると明言されています。具体的な取り組みをお聞かせください。

 ユニークなものとしては、福井県と永平寺町、産業技術研究所(つくば市)などで、平成29年から始めた電磁誘導線を使った自動運転車の実証実験です。

 永平寺線跡の遊歩道「永平寺参(まい)ろーど」(全長約6キロb)を実験場に、障害物回避や、歩行者の前で停止するなどのテストを行い、同30年春には住民が乗っての安全性を検証。秋には1カ月間、1日14便の定時運行を実施。738人が乗車され、アンケートに記入した614人のうち7割が「便利」と答え、また7割が「実用化後も利用したい」という感想を寄せてくださいました。

 さらに昨年のゴールデンウイークの際、10台の車両を投入して定時運行を実施。AI(人工知能)を活用した高齢化・人口減少時代の新しい交通システムとして全国第1号になれるようになりたいと考えています。忘れられないのは、小さな子供たちがこの自動運転車を知って、「僕は最先端に取り組むこの町を誇りに思う」と言ってくれたことでした。地元の子供たちが成人しても地元で働ける産業を興したい、とこうした最先端技術に関わっています。

高齢者福祉の面では、「地域包括ケアシステム」を導入されたのですね。

 そうです。このシステムとは、どこに住んでいても必要なサービスを受けられる地域づくりを指します。医療介護の専門職の力だけではなく、「お互いさま」の支え合いの地域の力が不可欠と考えます。

 昨年夏、在宅療養支援診療所として、外来診療や訪問診療を行う永平寺町立の診療所をオープン。新しい総合医を育てていきたいと考えていた福井大学が施設の運営を担当してくださり、地元医療機関や介護事業者と連携。午前は外来診療、午後は訪問診療を行い、医師3人(常時2人)、看護師3人態勢です。この環境の中で、地域社会が自助、共助、互助の精神をどれだけ発揮できるかが要でしょう。

防災にも力を入れておられます。

 私自身、町長に就任した年の暮れに、防災士の資格を取りました。その際、「災害の時、リーダーは空振りを恐れてはならない」などいろいろ学びました。翌年、台風が来ました。それで避難準備情報を出したのですが、全くそうした情報に慣れていない町民がかえって混乱。区長や民生委員からは、大変お叱りを受けました。その教訓として自分たちだけが知っているのではなくて、住民にきちんと理解してもらわないといけないと痛感。まず、自主防災の隊長と区長を分けました。わずかな報奨も出しました。私自ら各区を回り、防災講座を80回近く開きました。

 今では防災士の資格を、永平寺町の役場の職員も百数十人、町民も200人以上取っています。町の48人に一人が、資格を持って、町全体、町民全体で町を守ろうという意識が浸透したと思います。

 全国的に話題になったのは、「無事」という旗です。これは、A4サイズの燃えにくい素材で、片面に防災情報を書き込み、もう一方には、この家には要救助者がいない、または家族全員が避難した際に掲げる「無事」という旗を全戸に無料配布しました。こうすると警察や消防の方は安否確認の作業が大変、助かるのです。

右肩上がりの高度成長時代と違って、少子高齢化社会の中での行政の長としてのかじ取りは大変、タフなものかと思います。

 首長として責任の重さを忘れたことはありません。プレッシャーの日々です。

 その一方、手応えも大きい。例えば、私が就任した時、未納または回収不可能な税金など1億数千万円を欠損処理しました。職員の中に、未納の人がいても仕方ない、という諦めがあったのか、これを改善しようという指摘もなかった。しかし、それではきちんと収めた人に申し訳ない。これをリセットしようと、新たな条例を作り、払えない人のサポート体制を敷きました。

 職員の意識改革と相まって、納税率がアップし、徐々に納税額が増えています。今では県下上位の滞納率の低い自治体になりました。

 この6年、職員と喧喧囂囂(けんけんごうごう)議論を行い、また町民の方とも意見交換を重ねて次第にではありますが、町に活気が感じられるようになったことが何よりです。