同性愛者差別禁止法案の背後にある米国リベラル派の思惑

職場から伝統的道徳観を排除

 米上院は今月7日、同性愛者や性転換者らに対する職場での差別を禁じる「職業差別禁止法案(ENDA)」を可決した。性的指向や性自認(ジェンダー・アイデンティティー)を理由に、採用を拒否したり、解雇したりするのを禁じるものだ。一見、不当な差別禁止を目的とした法案のようだが、その背後には、伝統的道徳観を社会から排除しようとするリベラル派の思惑が潜んでいる。

(ワシントン・早川俊行)

危機感強める保守派

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2011年10月、全米最大の同性愛者団体「人権キャンペーン」の会合で演説するオバマ大統領(UPI)

 上院はENDAを賛成64、反対32で可決。同性愛者の権利拡大を容認する世論の広がりを受け、これまで反対してきた野党共和党からも10人が賛成に回った。ただ、下院では多数を制する共和党のジョン・ベイナー議長が「この法案はつまらない訴訟を増やし、雇用に悪影響を及ぼす」として、採決にかけない方針を表明しており、すぐに成立する見通しはない。

 それでも、1994年以降、議会にほぼ毎年提出されてきたENDAは、成立まであと一歩という段階に来ている。

 オバマ大統領はENDA成立を強く支持しており、リベラル系ニュースサイト「ハフィントン・ポスト」への寄稿では、「消防士や会計士、車の整備士が同性愛者だったら、何か違うというのか」と、職場では性的指向ではなく能力で判断されるべきだと主張。議会に法案可決を求めた。

 これに対し、保守系シンクタンク、ヘリテージ財団のライアン・アンダーソン研究員は「ENDAは法の下の平等を守るものではなく、特権階級を生み出すものだ」と、その弊害を指摘する。

 例えば、自分を女と認識する男性教師が突然、女の格好をして学校に現れれば、子供たちに大きな悪影響を及ぼす。また、自分を女と認識する男性従業員が女性用トイレを使用すれば、プライバシーをめぐるトラブルが生じる。だが、ENDAが成立した場合、こうした問題行為があっても、性自認に起因するものであるため、経営者側は解雇処分など適切な対応ができなくなる。

 結局、経営者が宗教的信念から同性愛や性転換に否定的な考えを持っていたとしても、人事には宗教・道徳的見地を挟むことが許されなくなるわけだ。それだけでなく、伝統的な家庭の在り方や性倫理を支持する発言をしただけで、「同性愛者らに敵対的な職場環境だ」と訴えられる恐れがあり、一般従業員も含め自由な言論が制限されることになる。

 全米最大の同性愛者団体「人権キャンペーン」は、上院でのENDA可決のために、ロビー活動で200万㌦(約2億円)以上を投入。ENDA成立を強力に後押しするリベラル派の狙いについて、保守派団体「家庭調査協議会」のトニー・パーキンス会長は、「同性愛や性転換が身体的、道徳的に健全であるかどうか、わずかな疑問さえ誰も表明しない世界を連邦政府につくらせようとしている」と指摘する。

 現代の米国社会では、人種差別や女性蔑視はタブー。同じように、同性愛や性転換についても批判を一切許さない社会にすることがリベラル派の目標であり、ENDAはその「一里塚」(パーキンス氏)だというのだ。保守派コラムニストのマット・バーバー氏は「究極的にはユダヤ・キリスト教的性倫理を非合法化する試みだ」とまで言い切る。

 既に、伝統的道徳観を重んじる人々に不寛容な風潮は強まっている。元ナショナル・フットボールリーグ(NFL)選手でスポーツコメンテーターのクレイグ・ジェームズ氏は、上院選に出馬した際、同性婚などに反対したことが問題視され、今年9月、FOXスポーツを解雇された。

 ENDAが成立すれば、こうした「逆差別」が一段と加速するのは確実で、保守派や宗教界は危機感を募らせている。