米で見直される聖書教育
米国の公立学校で聖書を選択科目で教える州や学区が増えている。若い世代で聖書離れが進む中、文化や歴史、宗教などへの理解を深めるには、聖書の知識が欠かせないと再認識されつつあるためだ。聖書を教えることは生徒の教養を高めるだけでなく、学力やモラルの向上にもつながると、教育関係者は期待を寄せている。(ワシントン・早川俊行)
学力・モラル向上の効果
客観的なら政教分離に反せず
キリスト教徒が国民の8割近くを占める米国だが、聖書と公教育の関係は敏感なテーマだ。最高裁判所が1963年に、公立学校で聖書を朗読させることは政教分離原則に反するとの判決を下したためだ。
この判決は、米史上最もリベラルな最高裁といわれる、アール・ウォーレン長官率いる「ウォーレン・コート」(53~69年)によって下された。最高裁は62年にも、公立学校で一般的に行われていた祈祷にも違憲判決を下している。
この二つの判決は、公教育の場から宗教的要素の排除が進む歴史的転機となった。カリフォルニア州立大学のウィリアム・ジェインズ教授は、最高裁判決の弊害について「生徒の学力とモラルが急激に低下した」と指摘する。
ジェインズ教授によると、63年以降、大学進学適性試験(SAT)の平均スコアが低下する一方、未婚の妊娠や違法薬物の使用、未成年者の犯罪が急増。同教授はその背景に様々な要因があると認めつつも、最高裁判決がもたらした影響は重大だと断言する。
ただ、63年の最高裁判決は公立学校で聖書を教えることを完全には禁じていない。「聖書は文学的、歴史的特質のために学ぶ価値がある」とし、「世俗的な教育プログラムの一環として客観的に」教えるのであれば、合憲との見解を示していたのだ。
この見解に基づき、近年、公立高校の選択科目で聖書を教える動きが広がっている。ジェインズ教授によると、聖書の授業を設けているのは全米43州、440学区に上る。保守的な地域だけでなく、カリフォルニア州などリベラルな地域も含まれる。全米には学区が1万3000以上あり、全体ではまだわずかな割合だが、それでもジェインズ教授は「爆発的に増えている」と指摘する。
聖書教育の重要性を訴える意見は、教育界以外からも出ている。人気リアリティ番組「サバイバー」などで有名なテレビプロデューサー、マーク・バーネット氏は昨年、妻で女優のローマ・ダウニー氏と連名でウォール・ストリート・ジャーナル紙に寄稿し、「聖書は何世紀にもわたり、芸術、文学、哲学、行政など世界に数え切れない影響を及ぼしてきた」と指摘、「西洋文明の主要文献として聖書を公立学校で教えることを奨励、義務化すべき時だ」と訴えた。
聖書を教えることは生徒の教養を高めるとともに、学力やモラルの向上にもつながる。ジェインズ教授が中高生を対象に行った調査結果によると、聖書の知識が豊富な生徒ほど学力が高く、生活態度も良いことが分かった。聖書の教えを学ぶことで学習意欲や生活規律も向上することが要因と考えられる。
ジェインズ教授によると、学校で聖書を学んだ生徒がギャング団を離脱した事例も報告されている。
一方で、聖書教育のカリキュラムや教材が偏っているとして訴訟を起こされた学区もある。ただ、あくまで教え方の客観性を問うものであり、聖書教育そのものの中止を求める動きには発展していない。リベラル勢力は教育現場から宗教的要素を排除しようと法廷闘争を繰り広げているが、聖書教育については最高裁が既に判断を下しているため、リベラル派を代表する人権・法曹団体「全米自由人権協会」(ACLU)も客観的である限り合憲と認めている。
米聖書協会による昨年の世論調査では、学校で聖書を教えることについて、66%が重要、75%がモラル向上に役立つと回答するなど、米国民の多数が支持している。