「連邦化」の目論見狂うロシア
ウクライナ政府軍が親露派の拠点制圧
ウクライナ東部ドネツク州の親ロシア派武装勢力「ドネツク人民共和国」は5日、政府軍の攻勢を受け、州北部の拠点スラビャンスクとクラマトルスクから撤退した。親露派は州都ドネツクなどでゲリラ戦で抗戦する構えであり、多くの市民を巻き込む可能性もある。ロシアは親露派勢力を煽(あお)ることでウクライナ新政権を牽制(けんせい)し、同国に連邦制を導入させようとしてきたが、ウクライナ新政府は親露派を制圧する勢いであり、ロシアの目論見(もくろ)は狂いつつある。(モスクワ支局)
紛争の長期化、被害拡大も
「ドネツク人民共和国」が4月に掌握したスラビャンスクと、同市の南約10㌔にあるクラマトルスクは、親露派にとって抵抗のシンボルともいえる拠点だった。ウクライナ政府軍によりスラビャンスクが制圧され、また、クラマトルスクは政府軍による空爆を受ける可能性が高まったことから、両拠点から撤退し、人口約95万人の州都ドネツクに移動した。
また、「ドネツク人民共和国」とともに、親露派の「人民連邦共和国ノボロシア」を形成するルガンスク州の親露派武装勢力も政府軍の攻勢を受け、各地の拠点を失い州都ルガンスク(人口約42万人)に移動しつつある。どちらもドネツク、ルガンスクの一般市民を盾にし、政府軍の攻撃を受ければゲリラ戦を展開する構えだ。
親露派は徹底抗戦を表明しているが、劣勢に立たされていることは明白だ。「ドネツク人民共和国」の最高評議会議長を名乗るデニス・プーシリン氏はツイッターで、ロシアへの恨みをぶちまけた。「希望を与え、希望を与え、そして我々を見捨てた。ロシアの同胞を守り、ノボロシアを守るというプーチン大統領の言葉は美しく響いたが、それは言葉でしかなかった――」。このまま親露派武装勢力が政府軍に制圧されれば、ウクライナの連邦化というロシアの目算も大きく狂うことになる。
ロシアはウクライナの連邦化のため、同国東部の親露派を煽り、ウクライナ新政権を牽制してきた。ロシアによるクリミア編入でウクライナの反ロシア感情は高まり、欧米志向もさらに強まった。そのウクライナに対しロシアが今後も影響力を確保し、その欧米志向に足かせをはめるためには、同国を連邦化して親露派住民の多い東部地域の自治権を大幅に拡大し、発言権を強めさせることが望ましい。
連邦制導入を新政権にのませるために、東部の混乱を画策したが、混乱が過度にエスカレートすることは望ましくない。ロシアは東部の親露派を煽る一方で、親露派が強行した住民投票とロシアへの編入要請は無視した。政府軍と親露派の戦闘が激化する中、プーチン大統領の意向を受けロシア上院は6月25日、対ウクライナ軍事介入の法的権限を撤回することを圧倒的多数で承認し、親露派の梯子(はしご)を外した。
ロシアの誤算は、親露派住民が多いウクライナ東部の各州で連邦制導入への支持が思ったより広がらなかったこと、そして、連邦制導入の受け皿と期待された親露派が独立とロシア編入を宣言して一般住民と乖離(かいり)し、親露派武装勢力と政府軍の戦闘がエスカレートしてしまったことにある。
ウクライナ東部の住民の多くはロシア語を話し、産業・経済面でロシアとの繋(つな)がりが深い。このため、反ロシア感情が強いウクライナ西部を中心とした欧米志向にブレーキをかける立場となるが、それはロシアが好きだからではなく、生活を維持するためにはロシアとの繋がりが必要だと現実的に考えているからだ。
また、「ドネツク人民共和国」などが形成した「人民連邦共和国ノボロシア」には、ウクライナ東部から南部にかけてのオデッサ州、へルソン州、ニコラエフスク州、ドネプロペトロフスク州などが含まれているが、その住民はウクライナ農村の出身者が多い。彼らはソ連政府・スターリンによる強制的な食糧徴発で400万人から1450万人が死亡したとされる「ホロモドール(1932年から1933年)」を忘れてはいない。“親露派”といえどもウクライナ人としてのアイデンティティーは強い。
ロシアによる編入を歓迎したクリミア半島にはロシア系住民が多く、東部各州の住人と同列に語ることはできない。
プーチン大統領は3日、ロシア大統領府直属の、ロシア国内の諸民族関係に関する評議会に出席した。プーチン大統領は出席者に対し、ロシアの若者に対する愛国教育に力を入れる必要を強調したが、そこで引き合いに出したのがウクライナの状況についてだった。「ウクライナ政府のプロパガンダにより、ソ連崩壊後に成長したウクライナの若者世代はロシアの価値観と引き離され、欧米の価値観に染められてしまった―」
ロシアとウクライナを結びつけていたソ連時代の“同胞”としての記憶が薄まり、特に若者らの間で、ウクライナ人というアイデンティティーが強まった。その変化を過小評価したことが、プーチン政権の目論見を狂わせることになった。