存在感増す反北組織「自由朝鮮」
北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の異母兄で2017年にマレーシアで殺害された金正男氏の長男、金ハンソル氏の身柄を保護したとされる反北組織「自由朝鮮」が金正恩体制の崩壊を目指すと宣言し、関心を集めている。北朝鮮大使館を襲撃するなど行動力が伴う点から既存の脱北者団体とはレベルが異なるとの見方も出ている。(ソウル・上田勇実)
故金正男氏の長男担ぐ?
独裁打倒を宣言、力量は未知数
「金正恩氏は体制のアキレス腱を突かれたため、かなり気分を害しているはず」
韓国のある北朝鮮専門家は、金正恩氏が自由朝鮮に対し抱いている思いをこう推察した。「アキレス腱」とは独裁正当化の根っこにある「白頭の血統」と呼ばれる金氏一族を逆手に取ること。具体的にはそこに属していた故正男氏の長男、ハンソル氏を担ぎ出して公式サイトを通じ宣言した「金氏一族世襲の終焉」を実現させることだ。
韓国の北朝鮮情報筋によると、正男氏は殺害される前、特定国家の情報機関と亡命を視野に入れ接触していたことが分かっているという。父の遺志を継ぐように身を隠したハンソル氏が反金正恩運動の象徴になるのは十分考えられることだ。
自由朝鮮が初めて公になったのは、正男氏殺害直後にハンソル氏と母親、妹の3人の身柄を安全な場所に移した支援組織として前身の「千里馬民防衛」で名乗り出た時だ。ハンソル氏はビデオメッセージで「オランダ、中国、米国、ある無名の政府が人道的避難に協力した」と述べ、すでに複数国家にまたがるネットワークの存在を示唆していた。
その後、南北・米朝首脳会談などで北朝鮮をめぐる対話ムードが広がる中、大きな動きは見られなかったが、2回目の米朝首脳会談が決裂した直後の先月1日、金正恩体制の打倒を訴えて自らによる臨時政府の樹立を宣言、自由朝鮮に改称した。
これ以降、北朝鮮に挑発的な活動が次々と明るみになる。まず2月22日にスペイン・マドリードで起きた北朝鮮大使館襲撃事件をめぐり関与を認める声明を出した。
現地司法当局によると、襲撃犯10人のリーダー格はメキシコ国籍で米国在住のエイドリアン・ホン・チャン容疑者。脱北者支援や北朝鮮人権運動を行う非政府組織(NGO)「LiNK」(Liberty in North Koreaの略で「北朝鮮に自由を」の意)を設立したり、中国・瀋陽の米国総領事館に保護を求めた脱北者たちを支援中に中国の公安当局に拘束され、国外追放されるなど一貫して北朝鮮の民主化を促してきた人物だ。
16年に韓国亡命した太永浩・元駐英北朝鮮公使はブログで、襲撃で盗まれた機器には本国との通信に使う暗号解読用コンピューターも含まれている可能性があると指摘。自由朝鮮は盗み出した情報を米連邦捜査局(FBI)に提供したと明らかにした。
すでに襲撃犯は全員、隣国ポルトガルを経由し米国に逃走したとされるが、一連の出来事はスパイ映画のワンシーンを見るようでもあり、「素人集団には到底できない芸当でプロの仕業」との見方が広がっている。
また先月12日には在マレーシア北朝鮮大使館の塀に何者かがハングルで金正恩体制を批判する落書きをしていたことが分かったが、そこには自由朝鮮が使用するマークに類似した模様も描かれていた。
自由朝鮮は今後も「北朝鮮国内にいる同志」と連帯し、「行動」で「北朝鮮政権を揺さぶる」構え。「今すぐ独裁体制を倒す力量まであるかは未知数」(韓国公安関係者)だが、これらの活動は米中央情報局(CIA)により資金面でバックアップされているとも言われる。
組織の実態や活動の全貌はまだベールに包まれたままだが、存在感は日ごとに増している。
北朝鮮は先月31日に襲撃事件に対する見解を示し、「テロ分子たちとその黒幕を国際法に照らして公正に処理することを望む」とする外務省声明を国営の朝鮮中央通信が伝えた。自由朝鮮に対する初のコメントで、金正恩氏にとって無視できない存在になりつつあるということだろう。