「南北融和」に脱北者は邪魔? 13人の韓国亡命 送還話が浮上
2016年4月に中国・浙江省にある北朝鮮レストランの従業員ら13人が韓国に集団脱北した事件をめぐり、韓国の親文在寅政権メディアや革新系弁護士団体が脱北は当時の情報機関による拉致だったと主張、政府も再調査をにおわし波紋が広がっている。韓国では今年に入り南北融和ムードが広がっているが、脱北者をまるで邪魔者扱いするような動きに保守派は強く反発している。
(ソウル・上田勇実)
保守派反発、怯える定着3万人
事の発端は今月10日、ケーブルテレビJTBCが13人の脱北は情報機関の国家情報院による誘引によるもので、従業員は最初韓国行きを知らなかったとする当時のレストラン支配人の証言を放映したこと。JTBCは朴槿恵前大統領が関わった国政介入事件の「決定的証拠」とされたタブレットを暴露するなど「文在寅寄り」が目立つ。
放送翌日、統一省は「放送内容を綿密に検討中」(報道官)と述べ、2年前の集団脱北時に「自由意思による脱北」と説明していたことから態度を一変させた。青瓦台(大統領府)関係者は北朝鮮に拘束されている韓国人6人との交換送還の可能性を否定しなかった、とする報道までなされた。
さらに革新系弁護士団体「民主社会のための弁護士の集い」(民弁)は14日、「集団脱北は総選挙を目前にした朴槿恵政権の企画によるものだったという疑惑がある」などとして、当時の統一相や国情院長らを国情院法上の政治関与禁止罪と公職選挙法違反の容疑で検察に告発した。
民弁は集団脱北した元従業員の両親から「法的代理権を間接的に委任された」とし、「被害者(脱北者)たちを一刻も早く家族の元に返すことができるよう政府が措置すべき」と主張した。ここで言う「措置」とは北朝鮮への送還のことだ。
こうした韓国の動きに便乗するかのように、北朝鮮の朝鮮赤十字会中央委員会は19日、集団脱北の関係者処罰と女性従業員返還を要求した。
拉致疑惑と送還話が持ち上がると保守派を中心に一斉に反論、批判、憂慮の声が上がった。
国会副議長で最大野党・自由韓国党議員の沈在哲氏は「政府の人権保護官が元従業員ら全員に自由意思による亡命を確認したはず」と指摘した。事実、文政権発足後の昨年6月、「積弊(保守政権下で積もり積もった弊害の意)清算」の一環で進められた国情院に対する調査で集団脱北が同院による意図的な計画だったという証拠は一切見つかっていない。
仮に自由意思に反した脱北だったとしても、現在は韓国各地に散らばって自由に生活している13人のうち北朝鮮に戻ろうとする人が誰一人出てこないのも不自然だ。
それにもかかわらず送還した場合、「首領暴圧政権(金正恩体制)下への送還は憲法の国民保護義務に違反する反人倫的な振る舞い」(沈氏)と言わざるを得ない。そうなれば南北関係を統括する統一省はもはや「大韓民国統一省ではなく、金正恩連絡事務所も同然」(金鎮台・自由韓国党議員)ということになろう。
今回の事態に怯えているのが韓国に定着した3万1530人(今年3月末現在)の脱北者たちだ。現在、脱北者たちは「自分たちにも危害が及ぶのではないか互いに心配し合っている」(金興光NK知識人連帯代表)という。「命懸けで脱北したのに、ある瞬間、北朝鮮がすぐそばまで忍び寄って来ると感じたとすれば、その心境はいかばかりか察するに余りある」(保守系大手紙・朝鮮日報)というものだ。
文政権になって以降、脱北者への風当たりは厳しくなっている。ある脱北者団体は政府補助金の使途をめぐり不正があったと言いがかりを付けられて監査された。また北朝鮮の政治犯収容所を批判するミュージカルの舞台監督を務めた脱北者が運営する飲食店に革新系市民団体のメンバーが大挙して押し掛け、反保守・文政権支持の象徴である黄色いリボンを窓ガラスに貼るなど嫌がらせをしていったという。
最近、米朝首脳会談の見通しと関連し北朝鮮には完全非核化の意思がないと国会で講演した太永浩・元駐英北朝鮮公使(16年韓国亡命)に対し、北朝鮮国営の朝鮮中央通信が南北高位級会談のキャンセル理由の一つにこれを挙げ、「天下の人間クズたちまで国会に呼び出し、われわれの最高尊厳と体制をこき下ろすのを放置している」と批判した。すると一部与党議員たちが「北朝鮮への敵対行為」と迎合し、太元公使の北朝鮮送還を求める請願が青瓦台ホームページに書き込まれる事態が起きた。
「脱北者を南北関係の障害物と罵倒する金正恩の術策」(金代表)に加担するかのごとき言動である。