北の言いなり? 文政権に非難

挑発指揮した北幹部受け入れ

 平昌冬季五輪を舞台に韓国・文在寅政権が南北融和を理由に北朝鮮の言いなりに近い態度を取り続け、韓国国内で非難が高まっている。特に閉会式に合わせて訪韓した北朝鮮の金英哲・朝鮮労働党副委員長は人民軍偵察総局長時代の2010年に哨戒艦撃沈を引き起こすなど韓国への各種武力挑発を指揮したとされる札付きの幹部であるため、保守派が猛反発している。
(ソウル・上田勇実)

野党「体制戦争も辞さぬ」

 25日朝、南北軍事境界線近くを流れる臨津江に架かる統一大橋の南端に保守系の第1野党・自由韓国党の議員や同党関係者、哨戒艦撃沈事件で戦死した韓国兵の遺族らが集結し、バリケードを築いた。金英哲副委員長一行の韓国入りを阻止するためだ。

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文政権糾弾デモ集会で気勢を上げる参加者ら=26日午後、韓国ソウル市の清渓川広場(森啓造撮影)

 しかし、金委員長一行を乗せた車列は別の経路をたどってソウル市内のホテルに向かい、実力阻止は不発に終わった。予(あらかじ)め文政権の指示で韓国軍が迂回(うかい)経路を確保していたためとみられる。

 その後、金副委員長一行は閉会式出席のため韓国高速鉄道(KTX)で平昌へ向かったが、そのためにダイヤにはない臨時列車をわざわざ運行させたという。金副委員長は韓国にとって言うなれば「戦犯」(韓国紙朝鮮日報)であり、米国と共に韓国自身が制裁対象に指定した張本人だ。軍人出身で人民武力省でかつて部下として間近に接したことのあるという韓国政府系シンクタンクに所属した脱北者、崔主活氏は当時の印象をこう振り返る。

 「とにかく頭が切れる人で、随行していた金日成主席の目にかなって飛び級昇進したくらいだ」

 2009年に党や軍の工作部署が軍傘下の偵察総局に統括され、その初代局長に抜擢(ばってき)されたが、それ以降、北朝鮮の武力挑発は強硬になっていった。

 そのような経歴の持ち主であるために訪韓すること自体が反発を招くが、その上、韓国入りさせる秘密作戦を遂行するかのごとく軍用道路を提供したり、臨時KTXをあてがったのだから批判が上がるのも当然だ。

 開会式に合わせて訪韓した金正恩・党委員長の妹、金与正氏への厚遇ぶりも目に余るものがあったが、金英哲氏の訪韓まで重なり、韓国保守派は「北の言いなり」状態にある文政権への不満を爆発させている。

 自由韓国党は26日、ソウル市内で金英哲訪韓反対とこれを受け入れた文政権を糾弾するデモ集会を開いた。金英哲副委員長が宿泊するホテル近くでは保守系団体のメンバーが金氏の写真入り横断幕を燃やし抗議した。

 同党の金聖泰院内代表はこの日、「文政権が哨戒艦撃沈犠牲兵の死に向き合わないまま金英哲を庇護(ひご)するなら大韓民国の自由民主主義を守るため体制戦争も辞さない」と述べた。

 青瓦台(大統領府)ホームページの国民請願掲示板には「金英哲拒否」の請願が相次ぎ、米国防総省も「彼(金英哲)が哨戒艦(を展示している)記念館に行って自分にその責任があると悟る姿を見る機会にしてほしい」(報道官)と間接的に文政権を批判した。

 北朝鮮が韓国側の反発を承知の上で金英哲副委員長を送り込んできた狙いを専門家らは次のようにみている。すなわち▽韓国を北朝鮮側に引き込んで米韓同盟に亀裂を生じさせる▽韓国世論を親北と反北に分断させるいわゆる南々葛藤を引き起こし韓国社会を混乱させる▽対北制裁を無力化させる――などだ。

 また先に訪韓したペンス米副大統領が、安保教育のために造られた哨戒艦記念館を視察したことに反発し、金英哲氏を派遣したのではないかという憶測も飛び交っている。

 それにもかかわらず文政権が金与正氏や金英哲氏を歓待するのは、大きな政治目標の一つである南北首脳会談の布石と位置付けているためとみられる。だが、非核化への道筋が全く見えない現段階では日米はじめ西側諸国が難色を示すのは必至で、過去2回の首脳会談と同様に韓国の自己満足に終わる可能性がある。

 韓国紙東亜日報は社説で、「対話は必要だが最小限問いただすべきは問いたださなければならない。そうしなければ金正恩の非核化の意思はしぼみ、韓国社会と米韓間の亀裂が深まるだけだ。平昌(五輪)以後が心配だ」と指摘している。