対北対話モード全開 文政権、金正恩氏との会談に意欲

 韓国の文在寅政権が北朝鮮に対話を呼び掛け始めた。核・ミサイルによる挑発に歯止めを掛けられないにもかかわらず、過去2回の南北共同宣言の履行を訴え、北朝鮮の最高指導者・金正恩委員長との首脳会談に臨む考えを表明した。対北対話モードを全開させる文政権の姿勢には保守派から疑問の声が上がっている。
(ソウル・上田勇実)

「核で挑発なのに対話?」 保守派は懐疑的

 文大統領は今月15日、2000年の南北首脳会談で金大中大統領と金正日総書記がその“成果”として南北共同宣言を発表したことを記念する17周年行事で演説し、「北が核とミサイルの追加挑発を中断させるなら無条件に北との対話に乗り出すことができる」と述べた。

文在寅氏

韓国の文在寅大統領=4月19日、ソウル(AFP=時事)

 また「面と向き合って顔を近くに寄せ、どうやったら既存の南北合意を履行していけるか話し合う意思がある」とし、南北首脳会談の実現に意欲を示した。

 こうした文大統領の発言は概(おおむ)ね「想定内の内容」(梁東安・韓国学中央研究院名誉教授)と受け止められている。文氏はすでに大統領になる前、自分が当選したらまず平壌を訪問すると公言するほど南北対話に執着していたからだ。

 国家情報院や統一省など対北朝鮮政策に関係する省庁トップに過去2回の南北首脳会談で中心的役割を果たした人物が起用されたのも文氏の対北融和主義を実行に移すためだ。

 仮に文大統領が金委員長との首脳会談にこぎ着ければ00年、07年に続き3回目、金委員長になってからは初めてだ。まだどこの国の首脳とも会談したことがない金委員長が登場すればそれ自体が国際社会にとってサプライズであり、その波及効果で融和路線を一気に推し進めることも可能かもしれない。

 しかし、そもそも金委員長は一国を代表してまともに首脳会談に臨めるのかという疑問が残る。

金正恩

故金日成主席の生誕105年を祝賀するパレードに出席した金正恩委員長=4月15日、北朝鮮・平壌(時事)

 祖父の金日成主席や父親の金総書記は頻繁に中国、ロシアと首脳会談に臨んだが、30代前半の金委員長の場合、「格下過ぎると相手に思われ会談に応じてもらえない状態が続いている」(北朝鮮問題専門家)可能性がある。そんな金委員長との会談をイメージするのはたやすくないはずだが、文大統領は本気で金委員長と首脳会談するつもりなのだろうか。

 北朝鮮が核・ミサイルによる挑発をエスカレートさせている現段階で韓国新政権が南北対話に舵(かじ)を切ろうとしていることに保守派は懐疑的だ。

 保守系の最大野党「自由韓国党」は論評で「北朝鮮の本質は決して変わらない」と警鐘を鳴らした。同じく保守系野党の「正しい政党」も北朝鮮に抑留中だった米大学生が昏睡(こんすい)状態で帰国した問題で米国は対北制裁を強めようとしていると指摘し、「文政権は北に間違ったメッセージを送ってはならない」と戒めた。

 また保守系大手紙・東亜日報は社説で文大統領が言及した二つの南北共同宣言の履行は、南北統一問題で「自由民主的秩序に基づいた統一をうたった憲法に抵触」し、海上の軍事境界線である「北方限界線(NLL)の放棄につながる」恐れがあると指摘している。

 さて肝心の北朝鮮の南北対話に対するスタンスはというと、前述の17周年行事に合わせ韓国当局者が訪朝しなかったことを非難している。

 対韓国窓口機構の一つである民族和解協議会が談話で「南朝鮮(韓国)当局の優柔不断な態度は(2回の南北首脳会談での宣言である)6・15共同宣言と10・4宣言の精神を引き継ぎ、ろうそく民心(朴槿恵前大統領の国政介入事件を糾弾した世論)を代弁する政権であるのか疑わざるを得なくしている」と主張した。

 要は「韓半島赤化統一(韓国の共産主義化)への金字塔」(韓国公安筋)と見なす南北共同宣言の履行を文政権に求め、南北関係を北朝鮮ペースに持っていこうとしているわけだ。

 それでも北朝鮮との対話、首脳会談に前のめりになるところに文政権の危うさがある。