韓国新政権への期待と不安

遠藤 哲也元日朝国交正常化交渉日本政府代表 遠藤 哲也

南北関係改善は茨の道
日韓首脳の対話活発化を

 「一衣帯水」「唇歯輔車(ほしゃ)」だと言われる日韓関係であるから、韓国の大統領が誰になるか、どのような政策、特に対日政策が展開されるかは、日本にとって関心事である。本稿では、文在寅政権誕生の背景、次いで外交政策、特に南北関係、対米政策、対中政策、対日政策に焦点を絞って展望するとともに、それを踏まえて、日本は今後、新政権とどのように関わっていくべきかについて、考えてみたい。

 文在寅氏の最大の勝因は朴槿恵前大統領のスキャンダルをめぐる国会での弾劾訴追、憲法裁判所での罷免決定によって、大統領選挙が前倒しになったことである。これによって、保守勢力が親朴派と反朴派に分裂し、一本化できなかった。他方、文氏の方はこれまでの国政経験から知名度も高く、大統領選挙に向けて準備万端で臨み、反朴槿恵の象徴的存在となった。

 昨今の北朝鮮の核・ミサイル実験は保守勢力に追い風となっており、北への融和姿勢を取る進歩派には、逆風になるのではないかとの見方があった。しかし、このいわゆる「北風」効果は、さほど影響を与えなかったのではないかとみられる。

 次に新政権の基本路線の幾つかを例示してみる。

 一、金大中―廬武鉉ラインの対北太陽政策を継承する。すなわち、目下の対北制裁の国際協調体制の下でも、何とか南北対話を追求していくのではないか。

 二、当選後は、「国民大統合」を打ち出しているが、大統領選挙の結果を見る限り、文在寅氏の得票率は41%少々であり、国会でも少数与党なので、今後の国政運営には苦労し、革新対保守の激しい対決に変わりはない。

 三、そうなると、支持基盤の革新層に頼らざるを得ず、ポピュリズムに陥りかねず、政権は脆弱(ぜいじゃく)化する恐れがある。

 文政権の看板政策は南北関係の推進である。建前も本音もそうであろう。対話、緊張緩和によって、核問題の解決につなげるという「太陽政策」である。文在寅候補は、まずは平壌に行くと公言していたし、開城工業団地、金剛山観光産業の再開にも意欲を示していた。だが、現実はあまりにも悪い。新政権が一方的に融和政策を進めると、日米韓の協調にひびが入る。これまでのところ、文政権は最初の外遊先に、米国を選んだし、米軍による高高度迎撃ミサイルシステム(THAAD)の配備にも、曖昧な態度を取っているし、慎重である。いずれにせよ、南北関係は茨の道である。

 韓国の安全保障にとって、最も重要な外国は米国であり、米韓同盟である。金大中、廬武鉉の左派政権の時は、米韓関係はしっくりいかなかった。文政権はそれらを反面教師としてか、滑り出しとしては、配慮がうかがえる。

 ただ、今後は難問が控えている。一つは北朝鮮政策であり、文政権の対北融和政策と即興的なトランプ米大統領の外交とが衝突する恐れがないわけではない。今一つは、THAADの問題で、政権は国内と対中、対米の板挟みになっている。

 韓国にとって、中国は今や最大の貿易相手国であり、THAADをめぐって、中国からの反対と経済的にも報復を受け、他方同盟国米国との関係で苦悶している。

 これまでの韓国の政権は対日外交を一種のスケープゴートにして来たきらいがある。政権の人気が落ちてくると対日強硬政策を取る。慰安婦、竹島など歴史認識に由来する大衆受けの政策を取った。文在寅氏も大統領選挙戦中は、慰安婦合意、日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の見直しを強調してきた。

 他方、大統領に就任してからは、日本との安全保障面、経済面での協力の重要性を認識し、この面と慰安婦問題等の歴史認識に関わる問題を分け、ツー・トラック・アプローチを打ち出すとともに、両国首脳会議を頻繁に開催したいとしている。

 新政権に対しては、期待と不安が入り混じっている。5年間は付き合っていかなくてはならない重要な相手であり、私見を述べてみたい。

 第一は、緊迫する北朝鮮をめぐる政策である。北朝鮮の核・ミサイル開発と暴発に対抗するには、日米韓の強力な同盟関係が必要だ。この面で、韓国が「ミッシングリンク」になって3カ国の関係が弱体化するとの懸念がある。そのためにもGSOMIAなど安全保障面のこれまでの成果をしっかりと守っていくことが大切だ。

 第二は、歴史認識の問題だ。その象徴が慰安婦問題であるが、2015年12月末に国家と国家で結んだ日韓慰安婦合意のような、国際的な約束を順守することは、政権交代や国民感情といった国内事情を超えて普遍的なものである。むしろ国民感情の問題は、政府が説得して当たるべき課題であろう。ただし文在寅政権との関係を築くに当たっては、歴史認識問題を入り口にすると膠着してしまうので安全保障面と、ツー・トラック・アプローチが必要だ。

 第三は、今日の日韓の間は、昨今のような厳しい関係にあっても、以前と比べて人的交流が活発化していることは事実で、市民同士の交流は政治問題解決の下支えになると思う。そのためには市民同士の交流とともに、首脳同士の対話も活発化させることだ。

(えんどう・てつや)