揺らぐ「文在寅優勢論」、来月9日の韓国大統領選

 5月9日に迫った韓国大統領選挙。朴槿恵前大統領の逮捕で「棚ぼた式」に優勢となった革新系候補のうち支持率トップを維持してきた最大野党・共に民主党の文在寅氏が3日、正式に同党候補に選出された。しかし、4日に中道左派、国民の党の公認候補に決まった安哲秀・前常任共同代表の支持率が急上昇し、土壇場に来て文氏優勢論が揺らぎ始めている。(編集委員・上田勇実)

中道・保守一本化なら安哲秀氏に勝機

 安哲秀43・6%、文在寅36・4%。

文在寅氏

3日、ソウルで、最大野党「共に民主党」の大統領候補に確定し、両手を挙げる文在寅前代表(AFP=時事)

 韓国夕刊紙ネイル新聞などが固定電話とインターネットで実施し、3日発表した世論調査(全国17市の満19歳以上男女1000人を対象)によると、仮に低支持率にとどまる保守系候補が候補一本化で安氏に譲歩し、大統領選が文氏と安氏の一騎打ちになった場合、支持率で安氏が文氏を上回った。昨年の国政介入事件以降、文氏優勢論を覆す世論調査結果が出るのはこれが初めてだ。

 5年前の大統領選で文氏は朴槿恵氏にあと一歩のところで敗れた。一方の安氏は野党系候補一本化で文氏に譲歩した上、政権交代も逃した。今回の選挙は二人にとって大統領の座をめぐる引くに引けない因縁の対決と言える。

 親北反米路線で物議を醸した盧武鉉元大統領の側近だった文氏に比べ、中道寄りといわれる安氏は保守票取り込みに抵抗感が少なく、その分意欲的だ。

安哲秀氏

韓国野党「国民の党」の安哲秀前共同代表=3日、済州(EPA=時事)

 大統領選後、逮捕された朴前大統領の赦免問題が浮上する見通しを問う記者の質問に安氏は「国民の要請があれば委員会で扱う」と述べた。赦免の可能性を否定しないことで、朴氏の支持者や逮捕に同情する世論に配慮した形だ。

 また与党擁立が有力視されながら出馬を断念した潘基文・前国連事務総長については「大統領になったら外交特使に起用する」と語った。潘氏の出身地で過去の大統領選でキャスチングボートを握ってきた中部・忠清道の票を意識したものとみられている。

 これらの発言に共に民主党は早速、「極めて政治工学的発想であり、(安氏が強調する)“新しい政治”を渇望する有権者に対する裏切りだ」(副報道官)と警戒感を露(あら)わにしている。選挙まであとわずか1カ月余りとなり、保守票取り込みは安氏にとって「逆転勝利への方程式」になる可能性があることをうかがわせる。

 国民の党の朴智元代表は保守系である自由韓国党、正しい政党の2候補に対するコメントを差し控えるよう自党報道官に指示する念の入れようで、これも安氏の保守票取り込みに向けた布石とみられている。

 そもそも朴氏弾劾で大統領の権限を代行した黄教安首相が保守系候補で最も支持率が高かったにもかかわらず出馬を見送ったのは「文氏を負かすことができる唯一の候補である安氏に保守票を集めるため」(有力紙論説委員)とする見方まで出ていた。

 問題は、安氏が保守系との候補一本化にそう簡単にこぎつけられるか不透明な点だ。「50代以上の保守有権者には安氏の思想信条には根がなく信頼できないと感じている人も多い」(梁東安・韓国学中央研究院名誉教授)ためだ。

 また安氏が露骨に保守票にラブコールを送れば、もともとの支持層だった中道左派の票が離脱する恐れもある。

 いずれにしろ最後の最後までもつれることが多いのが韓国大統領選だ。現時点では与野5党の候補による争いに見えるが、「選挙用紙が印刷される選挙直前に一騎打ちになる可能性が高い」(元与党幹部議員)とすれば、安氏にも勝機が訪れる。