今度は「金正恩の料理人」? 藤本健二氏、平壌に店オープン

特報’17

 北朝鮮で故金正日総書記の専属料理人をしていた藤本健二氏(仮名)が今年に入り、首都・平壌に料理店をオープンしたことが分かり話題を呼んでいる。出店は最高指導者、金正恩委員長の公認の下でなされたとされ、今後、北朝鮮による日本人拉致問題など日朝間の懸案事項を解決する上で一役買うのか、専門家は関心を寄せている。(編集委員・上田勇実)

拉致解決へ一役買うか

 昨年8月末、中国に向け出国したまま消息が途絶えていた藤本氏が平壌市中区にある楽園百貨店で日本料理店を開いたという噂(うわさ)が昨秋、“北朝鮮マニア”の間で流れた。情報源はよど号ハイジャック事件を引き起こし、今も北朝鮮に住み続ける犯人グループの日本にいる家族が出すニュースレターだったというが、真偽は定かではない。

藤本健二

平壌・楽園百貨店内にある「日本料理 たかはし」の看板前に立つ藤本健二氏=先月10日、訪朝関係者撮影

 先月、その噂を頼りに訪朝した30代の日本人男性が楽園百貨店を訪れ、お目当ての藤本氏に会うことができた。楽園百貨店のメインゲートとは別にある、「食堂」と書かれた入り口から中に入り、途中でエレベーターを乗り換えて4階に行くと「日本料理 たかはし」という看板の近くにいた同氏とバッタリ会ったのだ。知り合いの結婚式に呼ばれた時に初めて会って以来、約5年ぶりの再会だ。

 男性によると、藤本氏は広さ8畳ほどの店の厨房に立ち、男性に一人前50㌦のAコースを振る舞ってくれた。にぎりの盛り合わせなど全7品。カウンターに約10席、小テーブルが二つあった。約1時半の食事時間中、他の客は入ってこなかったという。

 現地の女性ツアーガイド2人と男性運転手1人が一緒だったため、藤本氏との会話は当たり障りのない世間話に終始した。そうでなくても盗聴器や監視カメラがごく普通に仕掛けられるこの国で、うかつに政治談議に花を咲かすようなことは禁物だ。

 藤本氏の話では「開店は今年1月ごろ」。これまでスウェーデン人が来店したり、出前の注文もあった。ただ、日朝関係者によると、同氏は昨年9月半ばに北朝鮮入りしており、10月10日の朝鮮労働党創立記念に合わせた出店が予想されていた。大きくずれ込んだのは何か北朝鮮側に不都合が生じた可能性がある。

 藤本氏は男性に、近く開店予定のラーメン屋の看板が最初、朝鮮語読みの「ラーミョン」だったと苦笑しながら話していたという。在日本朝鮮人総連合会の機関誌「朝鮮新報」電子版は先月28日付で、同氏が楽園百貨店別館4階に平壌ラーメン屋をオープンしたと報じた。男性は「たかはし」の奥にもう一つあった入り口がその店ではないかと推測する。

 藤本氏は訪朝前、平壌で店を開いたら金委員長夫妻を最初の客に招きたいと口癖のように話していたが、店内に金委員長夫妻と写った写真は掛かっていなかった。

 出店した楽園百貨店は金委員長の秘密資金を管理するほか、麻薬密売や偽造通貨などによる違法な外貨稼ぎで知られる党39号室傘下の大成経済連合体が直営。地下には豪華サウナがあり、男性が訪ねた時は「たかはし」のすぐ下の階にある食堂で軍幹部とみられる男性の還暦祝いが行われていたという。

 妻と娘を現地に残す藤本氏にとって平壌に自分の店を持つことは夢だった。金委員長とは幼い頃の遊び相手だったという縁があったからこそ実現した出店だったのだろう。

 朝鮮新報は、藤本氏が同紙の取材に対して「日朝関係改善に寄与したい」と答えたとしているが、日本人拉致問題を棚上げされたままの関係改善はあり得ない。5年前の訪朝で金委員長を前に拉致問題解決を訴える手紙を読んだこともある同氏が、平壌の店を舞台に日朝外交に一役買うこともあるのだろうか。

 北朝鮮の権力動向に詳しいある韓国の専門家は次のように指摘する。

 「金正恩が日本と隠密に進めたい事案が生じたり、公表できない本音を伝えたいこともあるはず。藤本氏が日本とのパイプ役として信頼できると判断すれば、彼を仲介に何かやるかもしれない」