政権交代の申し子 権力に媚びぬ「公正」の人


韓国の選択 次期大統領・尹錫悦氏(1)

 今月9日の韓国大統領選で保守系最大野党「国民の力」の尹錫悦氏(61)が当選した。5年ぶりの政権交代で韓国はどう変わるのか。日本との関係や北東アジア情勢にどのような影響が及ぶのか。現地から報告する。(ソウル・上田勇実)

尹氏が当選した10日の韓国各紙

 尹氏の当選が決まった翌日、民放が尹氏をゲストに招いて昨年9月に放送した芸能番組が再放送された。番組収録時、すでに大統領選出馬を宣言していた尹氏は、あるエピソードを紹介した。

 「ある時、新人検事が職場の会食で、自分に爆弾酒(ウイスキーのビール割り)を注いでくれた検事長に対し『忠誠を誓います!』と言ったことがあった。その時、(横にいた)私は彼をこう叱った。『おい君、検事長に対し忠誠を誓うもんじゃない、ただ尊敬すればいい』と。忠誠を誓う相手は国家と国民であって、検事は人事権を持つ人や上司に忠誠を誓ってはならない」

 また尹氏が歴代大統領や政権周辺をめぐる数々の疑惑を捜査してきたことについて、「大統領を見るとケンカしたくなるのか」と冗談半分に尋ねられると、尹氏は真顔でこう答えた。

 「私は権力の味方になるより法の味方になる方がはるかに心強い。権力者が法に背いたことが分かった時、これを処理しなかったら国民に法を守れとは言えない。権力者に対する法による処理は、選択の問題ではなく原則の問題だ」

 韓国社会の組織文化にありがちな上司の顔色を必要以上にうかがったり、権力者に媚(こび)を売ることを嫌う、尹氏の性格がにじみ出ている。それはここ数年、韓国国民を失望させてきた権力型不正疑惑に立ち向かった尹氏の原動力でもあったようだ。

 尹氏は朴槿恵前大統領の起訴・弾劾につながった国政介入事件の捜査を指揮し、その“功績”が買われ、文大統領に検事総長に抜擢(ばってき)された。しかし、今度は文氏が関わったとされる各種不正疑惑を捜査し、総長辞任に追い込まれた。「朴氏にも文氏にも忠誠を誓わない」尹氏は双方から恨みを買ったが、国民は「権力になびかない公正さ」に好感を抱いた。

 その「公正さ」が、各種の不正疑惑にまみれた文政権や、今回一騎打ちを演じた与党候補、李在明氏の大型不正疑惑に対抗する資質として高く評価され、過半数に達した政権交代論の波に乗って保守系大統領候補になった。そして、一気呵成(かせい)に大統領まで上り詰めた。まるで政権交代の申し子のようである。

 昨年末、尹氏から「会いたい」という連絡を受け、一対一でじっくり話したというある識者は、その時の様子をこう述べる。

 「北朝鮮問題や安全保障、外交などを長年にわたって考えてきたわけではないので、それについて深い見識があるようには思えなかったが、印象としては正直で、胸襟を開いて話してくれた」

 文政権の主流派は親北反米の左翼理念に傾倒し、見境のない北朝鮮擁護で米国から不信を買った。過度な反日を国内基盤固めに利用して日本の信頼も失った。その間、北朝鮮による軍事的脅威や中国の覇権主義がエスカレートした。政権交代以外にこの安保危機を克服する方法はないという認識が、保守派を中心に広がっていた。

 尹氏が選挙戦で文政権を「左翼理念に固執する学生運動出身者」と何度も糾弾し、その「退場」を訴えたのは、尹氏自身がその危機的現状を直視し、どうすべきか真剣に考えた結果だろう。

 一介の検事から一国の大統領に――。政治に翻弄(ほんろう)されながらも法に忠実であろうと努めた「所信の人」(尹氏の2年先輩の検察関係者)に、国民は国政運営を託した。