ミサイル挑発は対米交渉用―北朝鮮

「中国」「アフガン」後にらみ
日韓には直接の脅威

北京五輪機に対話か

北朝鮮が先月から今月にかけ各種ミサイルの試験発射を断続的に行っているが、最大の狙いはいずれ行われるバイデン米政権との直接交渉を見据え、強力なカードを持つことにあるとみられる。直接的な脅威にさらされる日韓の立場も踏まえ、米国は北朝鮮に対話を呼び掛け始めたが、交渉の主導権を米朝どちらが握るかに関心が集まる。(ソウル・上田勇実)

19日、ソウルの鉄道駅で、北朝鮮のミサイル発射に関するテレビのニュースを見る韓国の男性(AFP時事)

 先月以降、日米韓の防衛当局が確認し、北朝鮮の国営メディアなどが発射実験に「成功」したと主張したミサイルは、新型長距離巡航ミサイル(9月11日、12日)、鉄道発射式弾道ミサイル2発(9月15日)、極超音速ミサイル(9月28日)、新型地対空ミサイル(9月30日)、新型の小型潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)1発を含む2発(10月19日)だ。

 国威発揚の場である10月10日の朝鮮労働党創立記念日を前後し、わずか1カ月余りの間にかつてないほど多種多様なミサイルを発射した。内部結束効果は十分あったとみられる。

 いずれのミサイル発射も年初に開かれた第8回党大会で金正恩総書記が強調した「国防工業の飛躍的な強化発展」に向けた「戦術核兵器の開発」の一環だろう。この時、金総書記は極超音速ミサイルやSLBMについて「近いうちの保有」に意欲を示していた。

 SLBMの場合、発射後の潜水艦の運用技術などの面で性能については「まだ初歩段階」(徐旭・韓国国防相)のようだが、ある程度の形にして発射実験までこぎ着けるあたりは、金総書記の“肝煎り兵器”だけのことはある。

 一連のミサイル発射は北朝鮮が「世界で何が起きようと核武力を増強し続けるという意志は不動」(元韓国政府高官)であることを物語っており、日本や韓国など近隣国にとっては深刻な脅威だ。だが、それ以上に北朝鮮の狙いは、近い将来のバイデン政権との直接交渉に備え、主導権を握るために強力で多様なカードを手に入れることにあるとみられる。

 各種ミサイル発射に金総書記が立ち会わなかったり、SLBM発射について「米国を狙ったものではない」(外務省報道官)とわざわざ断って米国配慮の姿勢を示したことからも、発射は攻撃用より交渉カードに重きを置いたものと言えよう。

 バイデン政権は発足直後から香港・ウイグル・チベットなどにおける人権蹂躙(じゅうりん)や台湾問題などで中国を圧迫し、対中政策にエネルギーを費やしてきた。その後、8月末にはアフガニスタンから軍を撤収させ、その後引き起こされた政情不安に対する批判を浴びるなど、対アフガン政策の是非が国際社会で関心の的になった。

 北朝鮮としては、中国とアフガンへの対応で忙しかったバイデン外交が、ようやく自分たちに目を向けられるタイミングを見計らい、ミサイル発射で関心を引き付けようとしたのかもしれない。

 ホワイトハウスのサキ報道官は北朝鮮の新型SLBM発射を非難する一方、「前提条件なしに、いつでもどこでも会う」と述べ、対話への早期参加を呼び掛けた。

 北朝鮮はまだこれに応じる姿勢を見せていないが、来年2月には北京冬季五輪があり、これを機に再び融和姿勢に転じるとの見方も出ている。中国からの経済支援が不可欠な北朝鮮としては「五輪直前となる来年初めには、これに水を差さないよう各種の軍事挑発を自制せざるを得ない」(鄭成長・韓国世宗研究所北朝鮮研究センター長)からだ。

 その後は「バイデン政権との交渉を有利にする上で、これ以上得るものがないと判断すれば、来年春ごろには対話に応じるのではないか」(前出の元高官)との見方も出ている。

 これに加え、韓国の文在寅大統領が自らのレガシー(政治的遺産)づくりへ前のめりになっている朝鮮戦争の終戦宣言が、再び米朝対話の架け橋的役割を果たす可能性も出ている。

 ただ、北朝鮮が終戦宣言を「韓国には武力増強を中断させ、自分たちは密かに核・ミサイル技術を向上させるために悪用する」(南北関係筋)恐れもあり、真意を見極める必要がありそうだ。