与正氏らに正恩氏の権限委譲説で臆測―韓国

妹の権威追認で関係改善
米朝修復の橋渡しも視野

 韓国の情報機関、国家情報院(国情院)が国会での北朝鮮情勢報告で、金正恩朝鮮労働党委員長が妹の与正・党第1副部長らに一部権限を委譲する委任統治をしていると説明し、事の真偽より報告の背景をめぐり臆測が飛び交っている。特に新しい情報機関トップの就任を受け、北朝鮮で進む妹の権威付けを追認し南北関係改善を図る狙いがあるとの見方が出ている。(ソウル・上田勇実)

中国高官に北支援要請か

 報告を受けた与野党の国会議員によると、国情院は正恩氏が「妹の与正氏など一部側近に権限を委譲する形で委任統治をしている」と述べたという。また議員らは、与正氏が「ナンバー2の役割」を果たし、「正恩氏へ上がる報告を与正氏が代わりに受けて正恩氏に伝え、再び正恩氏からの指示を与正氏が各機関に伝えている」と明らかにした。

2018年4月27日、首脳会談に臨んだ金正恩朝鮮労働党委員長(左)と妹の与正氏(韓国共同写真記者団)

2018年4月27日、首脳会談に臨んだ金正恩朝鮮労働党委員長(左)と妹の与正氏(韓国共同写真記者団)

 議員らは「北朝鮮住民は与正氏の談話を暗記するほど学習させられるなど与正氏の格は上げられた」が、「与正氏が後継者として内定したり、準備したりしている兆しは見受けられない」とも述べた。

 与正氏の権力掌握度をめぐってはすでに今年6月、北朝鮮メディアが与正氏が対韓国政策の責任者になったと公式に明らかにした。また北メディアで後継者を示唆する「党中央」という表記が繰り返し登場し、健康不安を抱える正恩氏が万が一に備え、与正氏を念頭に入れ内部的に後継準備を始めた可能性も浮上していた(本紙6月11日付1面記事「北メディア 後継指す?「党中央」表記)。

 今回の国情院の報告は北朝鮮内で進む与正氏権威付けを追認した形だが、2000年の初の南北首脳会談を水面下交渉で実現させるなど、南北融和に並々ならぬ関心を寄せてきた朴智元氏が国情院の新院長に就任した後、初めての国会報告である点が注目される。与正氏をクローズアップさせることで関係改善の糸口を掴(つか)もうという思惑がありそうだ。

 北朝鮮と歩調を合わせるような国情院の与正氏権威付けには、冷え込んだ米朝関係の修復も視野に入っているとの見方がある。韓国紙・東亜日報は「与党関係者の間では与正氏がトランプ米大統領の長女イバンカ補佐官のカウンターパートとして訪米するか、イバンカ氏が訪朝することが必要だという話も出ている」と指摘した。

 北朝鮮で先日開かれた党中央委員会総会では「予想外の挑戦が重なり、経済事業を改善できなかった」「計画された国家経済の成長目標が未達成となり、人民生活が向上しない結果も生まれた」などと苦しい内部事情が吐露された。

 国際社会による制裁の長期化や新型コロナウイルスの感染拡大に伴う国境封鎖、大雨の被害など北朝鮮は「三重苦」に見舞われているが、総会でメンツを度外視し経済不振を公に認めたのは「自分たちの力で難局を克服する『自力更生』を住民に改めて意識付けさせると同時に中国などに経済支援を呼び掛ける狙いもある」(南成旭・高麗大学教授)ようだ。

 南北関係改善を優先課題に掲げる文政権としてみれば、こうした北朝鮮の苦境に目をつぶるわけにはいかないだろう。

 青瓦台の外交安保政策トップである徐薫・国家安保室長は先日、釜山を訪問した中国の楊潔箎に「褫」のつくり)共産党政治局員と会談し、コロナ収束後に習近平国家主席が早期に訪韓することで合意したほか、朝鮮半島情勢について意見交換した。この場で徐氏が楊氏に北朝鮮への経済支援を要請した可能性は十分ある。

 北朝鮮は11月の米大統領選で次期大統領が誰になるかを見極めた上で、対外的に「次の一手」を打つとの見方が支配的だが、文政権には一刻も早く北朝鮮との融和を実現しようという前のめり姿勢が目立つ。