韓国総選挙出馬の元北朝鮮外交官、当選なら北エリートに衝撃

 2016年に韓国に亡命し、来月の韓国総選挙に保守系野党の未来統合党から出馬する元駐英北朝鮮公使の太永浩(テ・ヨンホ)氏(届け出名は住民登録上の「太救民(テ・クミン)」)が話題を呼んでいる。北朝鮮の独裁体制に反対し、その北朝鮮に迎合する文在寅政権の姿勢にも批判的な太氏は反北・反文在寅の旗手。当選すれば北朝鮮にもエリート層を中心に衝撃を与えそうだ。
(ソウル・上田勇実)

反北・反文在寅で存在感
左派から悪意報道の洗礼も

 太氏は伝統的に保守世論が強いソウル市の「江南甲」という選挙区から出馬する。当初、脱北者という特殊な事情から比例代表での出馬が検討されたが、新しい比例代表制の導入で急きょ当選確率が高い地域区からの出馬に変更された。

太永浩氏

有権者と話を交わす動画を背景に語る太永浩氏(21日アップのユーチューブチャンネル「太永浩TV」から)

 太氏に近いある関係者によると、太氏が出馬を決心したのは昨年夏ごろ。脱北者も公認に含める方針だった未来統合党(当時、自由韓国党)の執行部に同関係者が強く太氏を推薦したのがきっかけだったという。

 その頃、太氏は講演やマスコミのインタビューを通じ精力的に北朝鮮情勢や南北関係に関する見解を発信していたが、対北融和路線の文在寅政権下ではこうした活動はいずれ制約を受けると懸念されていた。本人の「出世欲、権力欲が旺盛」(同関係者)だったこともあり、活動の舞台が奪われる前に自ら先手を打って国会議員になろうとしたというのが実情のようだ。

 だが、そうした太氏の個人的事情とは無関係に、太氏出馬が金正恩体制や文政権に与える影響は大きいとみられる。ある元韓国政府高官は「当選すれば北朝鮮エリート層に投げ掛けるメッセージは強力」と指摘する。

 「未来が暗鬱な金正恩体制と運命を共にし、独裁体制の忠実な幹部として生きていくと諦念していた北エリートたち」が太氏当選の事実を知れば「自分の意思で将来を決められる別のオプションがあるという事実を実証的に見せられる」ことになり、それは彼らの「体制からの精神的離反と意識変化につながる」という。

 太氏の北朝鮮批判、文政権批判を封じ込めたい文政権にとっても当然、太氏出馬は歓迎しかねることだ。特に今回、地域区から出馬する太氏が当選した場合、有権者の代表としてその発言の持つ重みは増すほかない。

 与党、共に民主党は今回の総選挙に「親文在寅派・86世代(1980年代に左派学生運動をした60年代生まれ)・青瓦台出身を大挙して公認した」(韓国ネット媒体の時事フォーカス)状態。次の国会でも一方的な対北融和策の見直し論が与党内から起こる可能性は低いだけに、太氏の存在は負担になりそうだ。

 太氏出馬をめぐっては韓国左派系の京郷新聞が悪意とも言える歪曲記事を掲載し物議を醸している。

 同紙は未来統合党の選挙対策委員長に内定していた人物が太氏について「国家的恥であり公認をイベント化したもの」「江南と何の関係があるのか。韓国に根っこがない人」と述べたと報じ、それに太氏が非難声明を出して反発する事態となった。

 ところが、その人物の側近が今度は保守系メディアの取材に応じ、発言は「地域区の一部有権者の声」として紹介したものにすぎず、趣旨を歪曲されたと主張。「特定傾向がある新聞が未来統合党の内紛をあおる目的で記事を書いたとまで言いたくないが、はっきり言えるのは内容が正しくなく、脈絡はさらにでたらめで、結果は党内紛糾」と述べた。

 この記事を書いた記者は以前、同紙が未来統合党の前身であるセヌリ党や保守系の朴槿恵政権から警戒されていることを認めるなど、反保守を自認していた。

 またこの側近は太氏に対しても「報道内容が全て事実になる場所(北朝鮮)から来た方からすれば腹立たしいだろう」が、「非難声明を出す前に経緯を調べ、もう少し落ち着いて対応した方がよかった」と苦言を呈している。

 結果的に太氏は、保守分裂を引き起こそうとした可能性が高い左派メディアから悪意報道の洗礼を浴びる形となった。