独サッカー代表トルコ系選手、人種差別を理由に引退

 サッカー・ドイツ代表の1人、MFメスト・エジルが先月22日、ドイツ代表を引退すると表明、その理由として「独サッカー連盟(DFB)内の人種差別主義と尊敬心のない無礼な言動」を挙げたことが明らかになり、DFBばかりか、政界でも大きな波紋を呼んでいる。
(ウィーン・小川 敏)

トルコ大統領との会見を批判され
移民の社会統合めぐり議論

 事の発端は、エジル(29)ともう1人のトルコ系代表、MFイルカイ・ギュンドアンが5月中旬、大統領選挙戦中のトルコのエルドアン大統領と会見し、ユニフォームを持って記念写真を撮ったことだ。それが報じられると、「ドイツ代表の一員として相応(ふさわ)しくない」という批判が高まった。2人をワールドカップ(W杯)ロシア大会に連れて行くのはよくないといった声すら聞かれた。

ガジャルド(右)とエジル

6月17日、W杯ロシア大会でメキシコのガジャルド(右)と競り合うエジル(UPI)

 ドイツ代表がリーグ戦最下位という歴代最悪の結果に終わり、敗北の責任を追及する声が上がると、事態はさらに悪化した。メディアやサッカー界の一部から独代表の「敗北の主犯」としてエジルの名前が頻繁に報じられた。

 エジルはこれまでドイツ代表として92試合に出ている。2014年のブラジル大会でドイツの優勝に貢献したことは記憶に新しい。現在、英プレミアリーグのアーセナルFCに所属している。

 エジルは引退声明の中で「試合に勝てばドイツ人として称賛され、敗北すれば移民系選手として罵倒される」と少々皮肉を込めて自嘲し、DFBのラインハルト・グリンデル会長への批判を強めている。

 バーリー司法相(社会民主党=SPD)は「エジル選手がDFBで人種差別主義の犠牲となり、もはやドイツ代表と感じることができなくなったという表明は大きな警告シグナルとして受け取るべきだ」とツイッターで述べた。

 エジルの代表引退について、ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)は「メルケル政府が推進する難民・移民の統合政策が空論に過ぎないことを実証した」と指摘し、メルケル政権批判を強めている。

  エジルは、「家族の出身国の最高指導者に敬意を払うという意味で会見した。トルコ大統領と会見したのであり、エルドアン大統領ではない」と弁明し、「自分はサッカー選手であり、政治家ではない」と述べている。

 これに対し、ドイツ野党「同盟90/緑の党」のジェム・オズデミル議員は、エルドアン大統領の国内での強権支配を指摘しながら「あまりりにもナイーブ」と非難、「W杯前後のDFBのグリンデル会長やチームマネジャー、オリバー・ビアホフ氏の危機管理もまずかった」と指摘した。

 与党「キリスト教民主同盟」(CDU)のパウル・ツーミアク青年部代表も同じような考えを表明した。

 エジル問題はドイツだけでなく、トルコでも大きく報道された。トルコのカサポール青年スポーツ相はツイッターで「われわれはエジルの決定を心から支持する」と書き、ギュル法相は、「代表チームを去ることで、ファシズムというウィルスに対して最も美しいゴールを決めた」と称賛した。

 国際サッカー連盟(FIFA)は国際試合の前に「人種差別主義に反対する」という幕を掲げる。人種差別主義によって代表が引退に追い込まれたとすればDFBは信頼を失墜することになる。特に、ドイツは24年欧州サッカー選手権の誘致国候補に名乗り出ている。「誘致はこれで難しくなった」という声すら出てきている。

  DFBは先月23日、「人種差別主義はまったく事実ではない」ときっぱり否定し、「エジルは社会統合の模範選手だった。DFBは今後もさまざまな国の出身者の統合を支援していく考えだ」という声明を公表している。

 エジルは「自分はドイツ代表のユニフォームを誇りと感動を持って着てきたが、今はそうではない。代表引退表明は非常に厳しい決定だった」と苦渋の選択だったことを明らかにしている。