ロシアの愛する「ウィーン外交」
ロシアのプーチン大統領は5日、オーストリアを訪問した。欧米の制裁下にあるが、4期目の大統領就任後、初の西欧訪問先にオーストリアが選ばれたということもあって、ロシアのトップを大歓迎した。(ウィーン・小川 敏)
制裁解除訴え プーチン氏訪問で
冷戦以来の中立主義に矛盾も
プーチン氏の身辺警備には800人の警察官、同数の兵士が動員され、17機の軍用機がウィーン、ブルゲンランド州、ニーダーエスターライヒ州の空域を一部閉鎖し、監視した。
プーチン氏が訪問する連邦大統領府、首相府、商工経済会議所、シュバルツェンベルク広場のロシアの無名戦士記念像の周辺は閉鎖された。外国要人の訪問に慣れたウィーンっ子からは批判や不満の声はあまり聞かれない。「会議は踊る」でも有名なウィーンでは、国際会議、要人訪問は生きる上でも重要な生活の糧であることを市民はよく知っているからだ。
ロシア系のファンデアベレン大統領はプーチン氏を迎え「ロシアは欧州の重要な一員だ」と述べ、欧米の制裁下にあるロシアの首脳訪問に歓迎を表明する一方、「制裁は双方にとってマイナスだ」と、対露制裁の早期解除を訴えた。傍で聞くプーチン氏の頬が緩む。わざわざウィーンを訪問した甲斐があったと言わんばかりだ。
欧米諸国がロシアに制裁を科す契機となったクリミア半島の併合や英亡命ロシア人スパイ毒殺未遂事件についてファンデアベレン氏は言及しなかった。ホスト国は、ゲストに不快な思いをさせないことが基本と考えているからだ。
オーストリアは冷戦時代から東西両欧州の架け橋的役割を果たしてきた。欧州連合(EU)に加盟後も紛争問題の調停には積極的に関与する一方、国連の平和維持活動にも積極的に参加してきた。ただし、中立国という理由から北大西洋条約機構(NATO)には加盟していない。
オーストリアにとってロシアとの経済関係、特に、ロシア産天然ガスの供給問題は重要だ。オーストリア石油最大手OMVとロシア国営ガスプロムとの間のガス供給契約は2028年で終わることになっていたが、ロシアは今回、40年まで延期する契約に署名し、ホスト国の労に応えた。
プーチン氏によると、「オーストリア政府は(欧州で不協和音が聞かれる)ガスパイプライン建設計画『ノルド・ストリーム2』を評価した」という。
多くの欧米諸国は、英亡命中の元ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)スクリパリ大佐と娘の暗殺未遂事件でロシアの関与があったと判断、ロシア人外交官の国外追放制裁に出たが、オーストリアはロシア外交官の退去要請を避けた。
クルツ首相は「わが国は欧米諸国の制裁には同意するが、ロシア外交官の国外退去は求めない。なぜならば、対話が問題解決には必要不可欠だからだ」と説明、段階的に対ロシア制裁の解除を主張した。
正論に聞こえるが、厳密に言えば、欧州の一員として対ロシア制裁は支持するが、制裁の具体的な実行には応じない、という矛盾した立場だ。
オーストリアは冷戦時代から中立主義という衣服をまとってこの種の矛盾を隠蔽(いんぺい)してきた。今回の対露政策はその典型的な例だ。
これはオーストリア外交への批判ではない。アルプスの小国で中欧に位置するオーストリアにとって生き延びていく道だからだ。ハプスブルク王朝時代は婚姻政策でその版図を広げていったが、それを失った後は一時、ナチス・ドイツ政権に併合、加担し、戦後は中立主義を貫いてきた。
イランのロウハニ大統領が7月4日、ウィーンを訪問する予定という。
オーストリアは7月1日からEU議長国に就任する。プーチン氏を歓迎し、ロウハニ大統領を迎えるアルプスの小国オーストリアの外交はユニークだが、欧州の統合を損なう危険性がやはり排除できない。
プーチン氏はウィーンではクルツ首相に、「トランプ米大統領との米露首脳会談がウィーンで開催できるように力を貸してほしい」と要請したという。クルツ首相は快諾したと報じられている。ウィーンが得意とする調停外交だ。