ポーランドで「ホロコースト法案」施行へ
ポーランド上院は1月31日、「ユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)に関する法案」(以下「ホロコースト法案」)を賛成57、反対23、棄権2の賛成多数で可決した。同法案では、ポーランドがナチ・ドイツに占領されていた時代のユダヤ人強制収容所を“ポーランド収容所”と呼んだり、同収容所が(ナチ政権と連携した)ポーランド国家に帰属していた、といった間違った主張や表現をした場合、ポーランド国民だけではなく、外国人も罰金刑、最高禁固3年の刑罰を受けるという内容だ。
(ウィーン・小川敏)
収容所に「ポーランド」は違法
イスラエル首相「戦争犯罪を隠蔽する」
ポーランドで中道右派「法と正義」(PiS)が政権与党となって以来、「ポーランド強制収容所」の呼び方を刑罰で処する法案作成が進められてきた。そして「ホロコースト犠牲者を想起する国際デー」の先月26日、同法案は下院(セイム)で採決され、上院でも承認されたことを受け、アンジェイ・ドゥダ大統領は同法案に署名した。憲法裁判所の審査を受けた後、同法は正式に施行される。
同法案の内容が明らかになると、イスラエルのネタニヤフ首相は、「ナチ政権時代のポーランドの戦争犯罪を隠蔽(いんぺい)するものだ。歴史は変えられない」と警告を発した。また、米国務省も「同法案は過去の戦争犯罪問題に関する自由な表現や議論を妨げる恐れがある」と懸念を表明した。
独週刊誌シュピーゲルは、「ポーランドではリベラル派と保守派の間でコンセンサスを見いだすテーマは少ないが、ポーランドのナチ占領時代のユダヤ人強制収容所に関する見解では一致している」と評している。すなわち、「ポーランド国民はナチ・ドイツの戦争犯罪の犠牲国だった」という受け取り方だ。だから、ユダヤ人強制収容所をポーランド強制収容所と呼ばれると、強い反発を覚えてきたわけだ。
例えば、2012年5月30日、オバマ大統領(当時)が第2次世界大戦時のポーランドの地下活動家ヤン・カルスキーの名誉を称える演説の中で、ユダヤ人強制収容所を“ポーランド強制収容所”と述べた時、ポーランド国内で激しい批判の声が挙がった。ラデク・シコルスキー外相(当時)は、「スキャンダラスな間違いだ」と酷評したほどだ。また、ドイツ公共放送ZDFが2016年、同じ表現で報道した時、ポーランドのクラクフ裁判所はZDFに謝罪表明を要求した、といった具合だ。
ポーランド政府がユダヤ人強制収容所を「ポーランドの」と呼ぶことに神経質となる理由は明確だ。ナチ・ドイツ政権の戦争犯罪への責任が追及されるのを恐れるからだ。だから、ポーランドでは「ドイツはナチの戦争犯罪をポーランド側の仕業とするキャンペーンを始めた」といった憶測情報すら流れているほどだ。
実際、ポーランド上院のスタニスワフ・カルチェフスキ議長は今月に入り、外国居住のポーランド国民宛てに書簡を送り、その中で「反ポーランドの言動があったら、それを最寄りの大使館、領事館を通じてワルシャワに連絡してほしい」と訴えている。
同議長は、「わが民族の評判を落とす反ポーランド的な全ての言動を集め、それを文書化してほしい」、「海外居住の同胞たちよ、わが国の大使館、領事館に国の名声を中傷するいかなる言動も隠さず報告してほしい」と強く呼び掛けている。
その上で、「ユダヤ人、ポーランド人、ロマ人など迫害されてきた民族の犠牲者への不正な言動を忘却から守るためだ。歴史的真実を効果的に想起できるセミナーや展示会、手紙キャンペーンなどを組織化してほしい」と協力を求めている。
イスラエル側は、「アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所を建設したのはポーランドではなく、ナチ・ドイツ政府だ。しかし、『ポーランドの』という呼称表現を処罰する法案はユダヤ人虐殺という歴史的事実を曖昧にする危険性が出てくる」と強調する。同収容所だけでも、110万人以上のユダヤ人が虐殺されている。ユダヤ人虐殺では多くのポーランド人がナチ・ドイツ軍の手先となって関与したことは史実だ。
ポーランドの「ホロコースト問題」を考えていると、アドルフ・ヒトラーの母国オーストリアでもナチ戦争犯罪問題が長い間、協議されてきたことを思い起こす。オーストリアは今年、ヒトラー・ナチス政権による併合80年を迎えるが、同国では久しく、「わが国はナチ・ドイツの戦争犯罪の犠牲国だ」という立場を堅持してきた。「犠牲国」から「共犯者」でもあったと認めるまで長い時間がかかった。
ポーランド民族は過去3度、プロイセン、ロシア、オーストリアなどに領土を分割され、国を失った悲惨な経験を味わった。そのためか、他国の批判に過敏に反応する傾向があるが、中道右派のPiS政権が誕生してからその傾向は一層強まってきている。