ベラルーシ抗議運動から1年、拡大する野党・メディア弾圧


 「欧州最後の独裁者」と呼ばれるベラルーシのルカシェンコ大統領が6選した昨年8月9日の選挙結果をめぐり、市民が抗議運動を繰り広げてから1年が過ぎた。ロシアの後ろ盾を得たルカシェンコ氏は独裁体制をさらに強化。野党リーダーの多くは逮捕されるか国外に脱出し、野党系メディアの閉鎖やジャーナリストの逮捕も相次いでいる。
モスクワ支局)

露の後ろ盾で独裁体制強化

 東京五輪に出場したベラルーシの女子陸上選手クリスツィナ・ツィマノウスカヤさんが7月30日、出場経験のない女子1600メートルリレー出場をコーチ陣から強要され、これを拒否したことで強制帰国措置を受けた。本国で投獄されることを恐れたツィマノウスカヤさんは亡命を決意し、日本の警察に保護を求め、4日に亡命先のポーランドに到着した。

ベラリーのシルカシェンコ大統領(AFP時事)

ベラリーのシルカシェンコ大統領(AFP時事)

 1994年から大統領の座にあるルカシェンコ氏は昨年8月9日の大統領選で、公式発表によると約80%の得票で6選を果たした。事前に野党の有力候補を拘束、もしくは立候補登録拒否で排除し、その他にもさまざまな不正が指摘される中での6選だった。

 これに対し、選挙の不正を訴える野党勢力を中心とする市民が大規模な抗議活動を展開し、首都ミンスクでは毎週末に10万人規模の抗議デモが繰り返された。政権は治安部隊を投入し、これを厳しく弾圧し、デモ参加者を次々と拘束した。

 亡命したツィマノウスカヤさんはこの時、抗議デモを支持し、政権による市民弾圧を非難する声明をインスタグラムに掲載していた。帰国していれば、彼女の言う通り、投獄されていた可能性は高いだろう。

 ベラルーシの親政権メディアではツィマノウスカヤさんを「裏切者」と糾弾するキャンペーンを展開している。メディアで彼女のインスタグラムのアカウントを公開し、市民が非難中傷を書き込むよう誘導している。

 ベラルーシ・ジャーナリスト協会によると、昨年8月9日から今年8月までに逮捕されたジャーナリストは497人に達した。ジャーナリストに対する傷害事件は68件発生し、業務停止、もしくは閉鎖を余儀なくされた出版社は10社に上る。

シルカシェンコ大統領の退陣を求めるデモ隊を威嚇するベラルーシ治安部隊=2020年10月、ミンスク(AFP時事)

シルカシェンコ大統領の退陣を求めるデモ隊を威嚇するベラルーシ治安部隊=2020年10月、ミンスク(AFP時事)

 市民側に立った抗議デモの報道を展開していたベラルーシのオンラインメディア「トゥト・バイ」は5月、ネットへの接続を遮断され、メンバー数人が逮捕されるとともに、資産を押収された。

 このほか、メディア代表者29人が刑務所に収監され、同じく50人以上のメディアの代表者が刑事訴追されている状況だ。今年5月、アテネからリトアニアに向け飛行していたライアンエアーの旅客機をベラルーシ当局が強制着陸させ、搭乗していた反体制派ジャーナリスト、ロマン・プロタセビッチ氏の身柄を拘束した事件は記憶に新しい。

 当然、野党勢力に対する弾圧も容赦はない。大統領選で最有力の対立候補と目されていたが、資金洗浄などの容疑で拘束され選挙戦から排除された元銀行頭取ビクトル・ババリコ氏は先月6日、禁錮14年の実刑判決を受けた。

 ウクライナに亡命していたベラルーシの反体制活動家ビタリー・シショフ氏が3日、自宅に近い首都キエフの公園で首を吊(つ)った状態で発見された。同氏はベラルーシからの亡命者を支援する団体「ウクライナ・ベラルーシの家」の代表を務めていた。当局は、自殺に見せ掛けて殺害された可能性が高いとみて、捜査を続けている。

 ルカシェンコ政権による多くの人権侵害に対し、欧米諸国は経済制裁を科すことで、同政権に圧力をかけてきた。しかし、ベラルーシを欧米に対峙(たいじ)する「緩衝地帯」として重視するロシアはルカシェンコ政権の存続を後押しする。ロシアの後ろ盾を得たルカシェンコ氏が、反政権勢力への弾圧を強化する状況がさらに拡大しつつある。

 昨年の大統領選でルカシェンコ氏の対立候補として戦い、現在は国外で抗議活動を続けるスベトラーナ・ティハノフスカヤさんは次のように語っている。

 「クリスツィナ(・ツィマノウスカヤ)さんのような、野党メンバーではなく、政治とスポーツは別のものだと考えている人々も、すでに安全ではない。政権による弾圧は活動家だけでなく、沈黙している市民にも及んでいくだろう」