ASEAN取り込みに動く中国
東南アジア諸国連合(ASEAN)の人口規模は6億人。欧州連合(EU)の5億人を超え若年層の多い魅力的な巨大市場となっている。加盟国の国内総生産(GDP)の合計は2兆ドルを超え、インドに匹敵するまでになった。日本や中国のGDPと比較すると規模は下回るが、それでも世界的には第7位の経済規模であり、巨大経済圏の一つに浮上してきた。そのASEANに中国が大きく食い込んできた。(池永達夫)
EU抜き最大の貿易相手に
警戒要す「以商囲政」戦略
中国最大の貿易相手はこれまでEUだったが、2020年の輸出入を合計した総貿易額が前年比6・7%増の6841億ドル(約71兆円)と初めてASEANがトップに踊り出た。
「米中新冷戦」と中国の人件費上昇を受け、「チャイナプラス1」の受け皿となったASEANに工場移転が進み、原材料や製品の輸出入が増加した。一方、対EU貿易は英国離脱もあって、数字的には下降を余儀なくされた。中国からASEANへの直接投資も、前年比52%増の144億ドル(約1兆5000億円)と大きく伸びた。
さらに昨年11月、中国はASEANや日韓豪などが参加した東アジア地域包括的経済連携(RCEP)協定の署名にこぎつけたことから、関税削減と投資ルールが緩和され、これからASEANとの貿易や投資に一段と弾みがつく見込みだ。RCEP発効には加盟国の国内手続きが終了しなければならないが、各国は5月までには終える見込みだ。
1989年の天安門事件以後、しばらく国際的孤立を余儀なくされた中国は、当時の李鵬首相が南進政策を打ち出した経緯がある。ソ連崩壊で北の国境に張り付けていた人民解放軍100万人が不要になるなど北の脅威が消失し、李鵬首相は国家のベクトルを南に向けた。中国の約半分の人口を擁する東南アジアが巨大市場であることに期待をかけたのだ。その成果が昨年、鮮明に出たことになる。
ただ、ASEAN側には中国の影響力が増加することへの懸念も同時に高まっている。とりわけ言葉では国際協調を唱えながら、南シナ海で覇権主義を押し通そうとする中国には、ベトナムやフィリピンを中心に警戒感が強まっている。中国牽制(けんせい)のため米国の関与を求める声は強く、中国が軍事拠点化した人工島の周辺で米国が艦船を航行させる「航行の自由作戦」には支持も集まる。
また、国際河川メコン流域国のタイやベトナムなどで顕著になってきた乾季の干ばつなどが、中国がメコン上流に造ったダムに起因していることへの反発もある。
一方でラオスやカンボジア両国は中国から巨額の支援を受け、中国傾斜が進む。両国は近年、ASEAN関連会合で共同宣言を取りまとめる際、中国の南シナ海での行動について非難声明を出すのを阻止したり、そのトーンを弱める「中国の代理人」的動きが顕著だ。
ASEANは多数決で物事が決まるシステムにはなっておらず、1カ国でも反対意見があると棚上げになる合意主義を取る。中国とすればわずかな国を一本釣りにすれば、ASEANにくさびを打ち込み、手なずけることが可能になる。
ASEANはそもそも、ベトナム戦争時に危惧されたインドシナ半島の共産化ドミノをブロックしようとして1967年に設立された。
それから半世紀を経て、米国に次ぐ世界第2位の経済力と強力な軍事力を併せ持つ中国共産党政権を震源地とする大波をかぶろうとしている。ASEANが経済的繁栄を求めるのは当然のことだが、中国に商売を通じて外堀を埋められ、政治の本丸を囲い込まれるASEAN版「以商囲政」には警戒が必要だ。ASEANが実質的に独立したASEANとして生き延びるためには、バランサーとして日本や欧米を取り込む必要がある。