平和守るには核抑止力が必要


 核兵器の非人道性とその不使用を訴えた共同声明が国連総会第1委員会で発表され、日本が賛同した。同種の声明は過去に3回出されたが、日本の支持は初めてだ。

 中朝の脅威が高まる

 これまで賛同しなかったのは、米国の「核の傘」に頼る日本の安全保障政策と合致しないと考えられたためだった。しかし、今回は過去に明記された「核兵器の非合法化」には触れられなかったので、米国の核抑止力に依存しつつ、段階的な核軍縮を期待する日本の立場でも受け入れやすいと判断された。

 唯一の被爆国でありながら、安全保障面では米国の「核の傘」の下にあるという日本はジレンマに陥っている。核廃絶を声高に叫べば、「核の傘」はどうなるのかという疑問を突き付けられるからだ。賛同は現実的な選択と言えよう。

 声明はニュージーランドなど16カ国が主導してまとめた。核兵器の非人道性に焦点を当て、核廃絶への国際世論を盛り上げることが狙いだ。

 だが、これらの国々は、米国の「核の傘」に頼っている日本とは事情が大きく異なることを忘れてはならない。抽象的に核兵器の不使用を訴えることのできる中立的、第三者的立場にあると言える。

 日本が声明に賛同したのは、以前に支持を見送ったことへの内外世論の反発の高まりのためだ。ことあるごとに唯一の被爆国であることを訴えながら、核兵器不使用に反対しないのは矛盾していると指摘されてきた。

 日本は「米国の核の傘の下にあっても、核なき世界を目指す」という立場を取ってきた。これに対して核抑止力を維持しながら、核廃絶をうたうのは矛盾であり、欺瞞であるとの批判が出ている。

 しかし東アジアにおいては、推定250発の核弾頭を保有する中国が吉林省の基地などに数十基を配備して日本の主要都市に照準を合わせ、北朝鮮が中距離ミサイル「ノドン」(射程1300キロ)に核弾頭を搭載し日本全土を射程に入れようとしているとされる。

 一部の識者の「米国の核の傘から離脱してこそ、核なき世界を目指すことができる」との主張は抽象論である。その間の日本の安全保障をどうするかについての展望が欠けており非現実的だ。

 平和を叫ぶだけで平和は訪れない。それなりの代価を支払うことが求められる。日本の代価は日米安保条約の締結と、それに伴う在日米軍への基地提供だ。それらが抑止力として日本の安全を守っている。

 そして、米国が保有する膨大な数の核兵器も抑止力の柱である。どの国も核報復を恐れ、米国や日本を含む同盟国への先制攻撃を思いとどまっている。

被爆者の理解得る努力を

 核不使用声明を日本が支持したのは、被爆地からの強い要請に背中を押されたこともある。だが、被爆者への同情は禁じ得ないとしても、わが国を取り巻く安全保障環境が厳しさを増し、米国の「核の傘」に依存せざるを得ない現状について、政府は被爆者の理解を得る努力をすべきだ。

(10月24日付社説)