非暴力抵抗のシャープ理論、中国は本土への波及警戒

「雨傘革命」下の香港 揺れる一国二制度の行方(1)

 香港のトップを決める2017年の行政長官選挙の普通選挙改革案をめぐり、制度の民主化を要求する学生ら民主派が幹線道路の占拠を継続し、膠(こう)着状態が続いている。「雨傘革命」と呼ばれる占拠デモは政府対話を通して収束していくのか。一国二制度の矛盾で揺れる香港が普通選挙案の立法会(議会=70)での攻防を通してどう展開していくかルポした。(香港・深川耕治、写真も)

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占拠デモが続く香港中心部の金鐘(アドミラルティー)

 「外部勢力が関与しており、香港だけの運動ではなくなった」

 香港の梁振英行政長官は9月28日から始まった占拠デモについて先月19日、地元テレビ局ATVのインタビューでこう指摘し、さらに「世界各地の異なる国が関与し、詳細は知らせられない」と述べた。

 香港は英領時代の1989年、北京で天安門事件が発生すると、中国の民主化を求める学生たちを支援する運動が支連会(香港市民支援愛国民主運動連合会)を通し、香港大学や香港中文大学などの学生団体も協力して行ってきた経緯がある。

 7月から始まった香港の金融街・中環(セントラル)を平和裏に占拠して真の普通選挙改革を求めるオキュパイ・セントラル(和平占領中環)運動は、昨年3月、香港大学の戴耀廷副教授、香港中文大学の陳健民副教授、朱耀明牧師の3人が発起人となって結成され、香港の学生団体である香港大学生連合会(学連)、学民思潮なども加わり、準備が進められていった。

 香港月刊政治誌「前哨」の劉達文編集長は「香港は台湾と協力し、中国を民主化していく必要があった。支連会の司徒華主席(当時)を中心に天安門事件で弾圧された中国の学生を保護・支援する黄雀行動(民主化学生たちを中国内から西側諸国へ避難させる秘密組織)では朱耀明牧師も中心だった」と天安門事件当時を回想する。学連や学民思潮も天安門事件で弾圧された中国の学生を支援するために発足した中国の民主化を求める学生団体だ。

 劉氏は「今回のデモはいろんな世代の不満が一機に爆発し、中国共産党も先行きが見えず、予想以上に複雑と見ている。習近平国家主席は党内権力闘争とは直接関わらない香港問題で強硬手段を使わないのは、第2の鄧小平(天安門事件で武力鎮圧を指示)にだけはなりたくないということだ」と見ている。

 中国共産党にとって脅威なのは、従来の欧米諸国、台湾と連携しながら香港の民主化を進める外国勢力だけではない。

 米マサチューセッツ大学のジーン・シャープ名誉教授(アインシュタイン研究所上級研究員)が著書「独裁体制から民主主義へ」で詳述する非暴力主義による民主革命理論は英文の小冊子として出回り、香港の占拠デモでも学生団体らが詳細に実践し、持久戦に持ち込んで香港政府を予想以上に手こずらせている。

 民主派の占拠デモに対して警察による取り締まり強化を求める183万件の署名活動を展開した全国人民大会代表(中国の国会議員)の呉秋北・香港工会連合会理事長は「シャープ氏がマニュアル化した政府転覆のための198の手法をデモ隊側は詳細に実践し、政府へ不可能な要求を突きつけて時間稼ぎする同じ手法を使っている」とシャープ理論の脅威を口にしている。

 香港政府庁舎のある金鐘(アドミラルティー)の占拠デモ広場には、非暴力主義を貫いたマハトマ・ガンジーのイラストがいくつも張ってあり、デモの基底にシャープ氏が「ガンジーの影響を受けている」と明言する戦略的な非暴力主義があることが垣間見える。

 シャープ氏の唱える非暴力抵抗運動による革命理論は、いかなる国家の政治権力も「国民の服従」に由来し、権力者の制裁や報酬に対して不服従・非協力を貫く緻密な戦略計画と実行が政権転覆の最も効果的な方法と提唱する。ミャンマー、バルト三国、セルビア、エジプト、シリアなどの反政府運動や独立運動を成功させ、中・東欧や中央アジアの旧ソ連圏で親米勢力が政権を覆した「カラー革命」に絶大な影響力を及ぼした。

 中国共産党は「政権は銃口から生まれる」との毛沢東思想や暴力革命を肯定するマルクスとは真逆のシャープ理論が香港だけでなく、中国本土に波及するのではないかと警戒を強めている。