狸や狐を操るのも芸の内


ポスト安倍 宰相の条件(下)

政治評論家 髙橋利行

 いつの世でも庶民の勘は鋭い。いとも容易(たやす)く権力者の正体を見破る。「一強」と怖(おそ)れられてきた安倍晋三政権も、いつの間にか「事実上の菅義偉政権」になったと見抜いている。菅義偉が自民党総裁選の出馬会見で「安倍路線の継承」と謳(うた)っても誰も違和感を感じない所以(ゆえん)である。

髙橋 利行

 たかはし・としゆき 昭和18年生まれ。中央大法学部卒。読売新聞政治部、解説部長、論説委員、編集局次長、新聞監査委員長を歴任。退社後、政治評論家。

 その菅義偉が宰相になれば、今度は「事実上の二階俊博政権」と呼ばれるに違いない。口さがない連中は、きっと「傀儡(かいらい)政権」と揶揄(やゆ)する。それは大したことではない。中曽根康弘も幹事長・官房長官ポストを田中派に明け渡し「田中曽根政権」と散々叩(たた)かれた。それでも5年の命脈を保っている。

 問題は、アメリカから「媚中(びちゅう)」と睨(にら)まれている二階俊博の存在である。菅義偉政権の「生みの親」であり「大黒柱」であり「用心棒」でもある。とはいえ「米中冷戦」が激化する中で、アメリカの後ろ盾なくして日本が生きる道は険しい。当人が「媚中は誤解だ」と言うならば誤解は解かなければならない。自民党幹事長から外せないなら、一刻も早く訪米させるべきである。「米中冷戦」の冷厳な現実を肌身に知ってもらわなければならない。トランプもそうだが、ジョセフ(ジョー)・バイデンは、より中国に厳しいといわれる。

 乏しい外交経験も気になる。宰相・安倍晋三の面目は「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」にあった。恐らく政府専用機で世界を飛び回っている時が、持病を抱えている身には束(つか)の間の「やすらぎ」だったのであるまいか。81の国・地域を飛び歩いたのである。常人に真似(まね)できるものではない。

 首脳外交は国益を賭けた真剣勝負である。精神的にも肉体的にも想像を絶するハードワークである。かつて外務省が外遊日程を詰め込むと「俺を殺す気か」と怒った宰相がいた。「外務官僚から見ると俺なんかは使い捨てなんだよな」とぼやいた宰相もいた。その留守を守り、利害が錯綜(さくそう)する省庁、自治体、業界の言い分を捌(さば)き、与野党の主張がぶつかり合う国内政治を束ねてきたのが官房長官・菅義偉だった。

 だからこそ安倍晋三は安心して外交に専念し赫々たる成果を上げた。他国の首脳が敬遠する超大国アメリカ大統領ドナルド・トランプと親密な関係を築き発言力を高めた。トランプが「素晴らしい友人」と惜しむほどである。北方領土返還をめぐってはロシア大統領ウラジーミル・プーチンと27回も会っている。北方領土返還の悲願はならなかったにしてもパイプは太い。安倍晋三に実現できないのなら、もはや誰の手にも負えまい。

 トランプが大統領に再選(11月3日)でもしようものなら、安倍晋三が築いた強固な日米同盟を前進させる好機になる。新旧宰相は連れ立って直ちに会いに行くべきである。それこそが「継承」のメリットである。アメリカと中国、ロシア、EU(欧州連合)などが覇を競う時代、信頼を「継承」することが日本の平和と安全、繁栄を保つ必須の要件になる。

 安倍晋三の体調が許せば外務大臣や無任所の国務大臣に迎え入れることも選択肢である。髙橋是清は、宰相退陣後、昭和金融恐慌、世界恐慌の救世主として大蔵大臣に就いた。幣原喜重郎は国務大臣に就任した。小淵恵三は未曾有(みぞう)の経済危機に立ち向かう切り札として宮澤喜一を大蔵大臣に招聘(しょうへい)している。俗に「立っているものは親でも使え」という。永田町に暗躍する狐狸を操るのも芸の内である。