ブラジルのコロナ対策 政府と自治体、足並み揃わず

 南米のブラジルで新型コロナウイルスの感染拡大が続いている。感染者はすでに2万人を超えており、医療崩壊も近づいている。感染抑止には明確な指導力が必要だが、政府と地方自治体の対立が続き、国内の足並みが揃(そろ)わないのが実情だ。(サンパウロ・綾村 悟)

州が独自に外出禁止令
経済優先の大統領は反発

 ブラジルのボルソナロ大統領は8日、サンパウロ州知事らが独自に打ち出している「外出禁止令」を強く批判する声明を発表した。声明の背後には、ボルソナロ氏が大統領令で地方自治体による行政命令の差し止めを図る意図もあったとされるが、最高裁は同日、新型ウイルス関連の行政命令差し止めを禁止する判断を下した。

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12日、ブラジル・サンパウロのパウリスタ通りで、州政府による隔離措置に反対するデモ隊(時事)

 新型コロナウイルスをめぐっては、いまだ有効なワクチンや治療法が確立しない中、感染拡大の抑止に有効な手段として各国が取り入れているのが、外出制限によって人々の接触を防ぐことだ。国によっては、外出に許可証を発行したり、違反者に罰金を科すなど厳しい措置を取っている。

 こうした世界の潮流と異なる動きを取っているのがボルソナロ氏だ。同氏は、新型ウイルスがブラジルに上陸する以前より、「軽い風邪のようなものだ」と発言し、その脅威を軽視してきた。ブラジル国内の感染者が2万人を超えてもそのトーンは全く変わっておらず、国民に向けて「仕事に戻ろう」と訴え掛けている。

 一方、閣僚のマンデッタ保健相は、当初から外出制限が感染抑止に有効な手段だと主張し、政府内で意見が分かれる事態となっている。一時は、ボルソナロ氏がマンデッタ氏を解任するとの話も出たが、他の閣僚からの反対に遭い、断念したと伝えられている。

 世論調査では、新型ウイルス対策で73%がマンデッタ氏を支持しているのに対し、ボルソナロ氏への支持は33%にとどまっている。世論の過半数は「外出制限もやむなし」との見方だ。

 ブラジルの中で最も感染が拡大しているのが、最大都市サンパウロを抱えるサンパウロ州だ。13日時点で、2万3000人を超える感染者のうち、4割近くの8700人が同州に集中している。重症患者も増え続けており、医療施設の対応も限界に近い。

 この状況下で、注目を集めているのが、ジョアン・ドリア・サンパウロ州知事とブルーノ・コバス・サンパウロ市長だ。2人ともブラジルを代表する政党の一つ、ブラジル社会民主党(PSDB)に所属し、ドリア氏は企業体の「ドリアグループ」を持つ資産家でもある。思想的にはボルソナロ大統領と同様、自由市場を尊重し、人工中絶に反対するなど、保守派に近い。

 そのドリア知事は、ブラジル政府が入国制限や外出制限の発令を渋る中、先月24日からサンパウロ州全域に一般市民の外出禁止と商業活動の一部停止を要請。医療体制が崩壊した場合に備えて、市内のサッカー競技場などに野戦病院の建設を急いできた。医療専門家から意見をくみ上げて対策を推し進めており、「経済よりも命が優先」との姿勢で一貫している。

 コバス市長も、ドリア知事と歩調を合わせており、ブラジルの地方自治体の多くが、外出自粛などの感染抑止策を講じている。

 これに対し、ボルソナロ大統領は、外出禁止令に反対の立場を取っており、特にドリア知事に対しては名指しで批判しながら、「経済が崩壊する」と外出禁止令の取り消しを再三求めてきた。ドリア氏側も、高い支持率を背景に徹底抗戦の姿勢を見せており、新型ウイルス対策で国と地方自治体の足並みが全く揃っていないのが現状だ。毎日1000人以上の新規感染者が発生しており、感染者の多い地域では欧米のような医療崩壊も秒読みに入っている。

 一方、自宅待機や商業活動の制限の長期化は、先進各国以上に貧富の差が激しく、商業活動の形態が違うブラジルにとって厳しいものとなりつつある。ブラジルでは、国内企業の9割以上が零細・小企業で、経済活動の長期停滞は、これらの企業にとって死活問題だ。さらに、非正規の雇用者も多く、一般商店や飲食業などが閉鎖された状態では、収入源も絶たれている。

 ブラジル政府は非正規雇用者や零細企業向けに月600レアル(約1万2000円)の支援金を3カ月分用意したが、零細・小企業の中には店舗閉鎖や倒産するケースが出始めている。今後は感染拡大の抑止と同時に、経済の立て直しで困難に直面することが予想される。