覇権狙う中国型資本主義

産業革命の本質

元道都大学教授 佐藤義信氏に聞く

人類史的メガトレンド

 18世紀後半から19世紀初頭にかけて起きた英国の産業革命。綿産業における機械化、蒸気機関の発明による動力革命、さらにそれを利用した鉄道建設にみられる交通革命は、同国における資本主義経済を確立させた。そして英国に端を発した産業革命は、今なお進行し、グローバル化と覇権獲得のキーワードとなっている。果たして約250年前に起こった産業革命とは何だったのか、元道都大学教授で歴史探訪ゼミナール主宰の佐藤義信氏に聞いた。
(聞き手=湯朝肇・札幌支局長)

短期間の国家主導で歪み

最近、産業革命が話題になることが多々ありますが、今の時代、産業革命を論じる意味はどの辺にあるのでしょうか。

佐藤義信氏

 さとう・よしのぶ 昭和19年、満州生まれ。昭和43年に日本大学大学院法学研究科を修了した後、北海道の道都大学教授として長年教壇に立つ。専攻は私法学。現在は、北海道立紋別高等看護学院非常勤講師。月形刑務所・篤志面接委員。

 産業革命はご存知の通り、18世紀中頃から19世紀初頭に英国で起こった一連の産業技術の革新と、それに伴う社会的な変革であると言われてきた。確かに、ジョン・ケイの飛び杼(ひ)やハーグリーブズの紡績機など綿織物の生産過程によるさまざまな技術革新。また、ワットによる蒸気機関の発明や、さらに蒸気機関を利用した鉄道などの交通機関の発明・応用によって英国は、他国に先んじて経済を成長させ資本主義経済を確立していった。

 一方、英国に端を発した産業革命はドイツ、ヨーロッパ、米国へ移行し、新たに電力を動力源とする第2次産業革命。さらに日本を巻き込んでコンピューターやインターネットを用いた自動化に象徴される第3次産業革命をもたらし、現在に至ってはIoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)などを活用した新たな社会の変革をもたらそうとする第4次産業革命が進行中だと指摘されている。

 すなわち、英国で始まった産業革命は、そこで終わったのではなく今なお続いている、と言ってもいい。その一方で、行き過ぎた工業化・資本主義化はさまざまな面に弊害をもたらしていることも事実。この他にも資本主義諸国内には労働問題や都市問題、地球温暖化などにみられる世界的な環境問題など解決すべき問題は山積している。

英国の産業革命を捉えなおす場合、どういった点がポイントになるでしょうか。

 世界史の中で「革命」というと一夜にして、長くとも10年ほどのスパンで大変革が起きたと思われがちだ。例えば、フランス革命は1789年からナポレオンが登場するまでの十数年。ロシア革命でも1905年の血の日曜日事件から1917年の革命まで10年余り。ところが、産業革命は5年や10年の間で完結したわけではなく、およそ1世紀に及んでいる。これを革命と言っていいのかどうか。むしろ一つのメガトレンドとして捉えるべきではないのかと考える。

 もう一つ、産業革命の特筆すべき内容を挙げるとすれば、それは単なる社会変革ではなく、人類史的な大変革をもたらした大事件であった。つまり、狩猟採集社会から農耕定住社会に移行したほどのインパクトを持っていた。こうしたインパクトを生み出した産業革命の本質をしっかりと見詰めなければならない時なのだと思う。

それでは英国が産業革命を実現させることができた要因は、どの辺にあるのでしょうか。

 英国が産業革命を成功させた背景には、いくつかの要因が重なっている。それらをキーワードで挙げるとすれば、「ノーフォーク農法によって増大した農業生産」「豊富な労働力」「技術革新」「自由な経済活動を保障した市民革命」「蓄積された資本」「覇権争いで獲得した海外植民地市場」などがあり、これらの要素がうまく絡み合って実現したと言える。中でも、「技術革新」という点で言えば、英国の経済学者シュンペーターが、「経済成長にイノベーション(技術革新)は不可欠」と指摘しているように、英国はすでに毛織物工業において先進的な貿易加工立国と変貌を遂げていた。技術革新の素地ができ上がっていた。

 また、シュンペーターは経済成長の条件に「資本の蓄積」も挙げているが、英国はスペイン継承戦争においてアシエント(黒人奴隷を新大陸へ供給する契約権)を獲得し、その後、黒人奴隷を使い大西洋三角貿易で巨額の富を築いていくようになる。西アフリカから運ばれた黒人奴隷は合計で1250万人以上を数え、「黒い積み荷」と称された黒人の犠牲がなければ、産業革命は実現しなかったことを忘れてはならない。

英国は、産業革命を実現することで植民地を拡大し、ビクトリア朝ではパックス・ブリタニカと呼ばれる世界覇権時代を構築していきました。一方、現在は第1次世界大戦以降、覇権を握ってきた米国と覇権獲得を目指す中国が貿易戦争を引き起こすなど軋轢(あつれき)がみられます。この新旧の覇権争いも結局、産業革命の余波を受けているとも言えるのではないでしょうか。

 米国ではグーグルやアマゾンなどIoT産業の進出が目立ち、自動運転支援システムなどAIを導入した自動車の開発など、いわゆる第4次産業革命が着実に進んでいる。新技術においてグローバルスタンダードを構築し、世界の覇権を握ることに日夜駆使しているという状態だ。

 一方、中国は2015年に習近平国家主席が「中国製造2025」を打ち上げ、10年間の同国におけるロードマップを示した。そこには、25年までに「世界の製造強国入り」を目指し、第2段階として35年までに製造業レベルを世界製造強国陣営の中位、さらに第3段階として45年には世界の製造強国のトップを果たすと掲げている。

 そのためには、「イノベーション」と「構造の最適化」を重要視し、IoTやロボット、AIを活用した「技術密集型・知能的集合型」の産業にシフトしていくとしている。習氏は以前から「中華民族の偉大な復興の実現」と口にしている。世界の冠たる明朝時代の復興を夢見ているともいう。まさに中国型産業革命を行うことで世界の覇権を握ろうという思惑が見えてくる。もっとも、前述したように英国の産業革命は長い年月を経て、多くの要因がうまく重なって実現したもので、中国のように短期間に国家主導で行えば、どこかに歪(ゆがみ)が生まれ、思わぬ災害や争いが生じるということも十分に考えられる。

 貿易戦争真っ只中の両国だが、米国にしてみれば対中貿易不均衡や知的財産権の侵害など中国への不満が鬱積(うっせき)している中、これ以上、中国の横暴を許さないという思いがあるのだろうが、当分、両国の動きには目を離すことはできない。というのも、米中貿易戦争はある意味で世界史的な動きを見せていると言えるからだ。