見えずとも、また楽しからずや

闇を生きる

タキサワ・USA元副社長 長宗 繁氏に聞く

 齢(よわい)を重ねていくと、体の不自由を強いられることが多くなる。老いるというのは、五体満足から不満足への移行ということもできる。とりわけ失明というのは、それこそ人生の暗転だ。タキサワ・USA副社長だった長宗繁氏は定年後、視力を失った。しかし、周囲が驚くほど至って明るく、「見えずとも、また楽しからずや」と淡々と生きている。その生きざまを聞いた。
(聞き手=池永達夫)

妻の健康、私より大事
目と杖でもある人生の伴侶

米国に長期滞在されたことで、健康を害した?

長宗 繁氏

 ながむね・しげる 岡山大学法学部卒。岡山の工作機械メーカー滝澤鉄工所に就職。タキサワ・USA副社長としてロサンゼルスに7年駐在したり、台湾の工場建設に立ち会ったりと世界を回る。75歳。

 それはある。私自身の自覚が足らなかったことが原因だろうが、単身赴任で食生活が偏ったり、お酒が過ぎたりした。

目をやられたのは?

 糖尿だ。その頃から、じわじわと効いてきたのだろう。視神経の毛細神経がぼろぼろになって、再生不能だった。

 失明したのは仕事をやめて、すぐのことだったから65歳の頃だ。

失明宣告されたときは?

 ショックはなかった。前々から気づいていたので。

 とうとう見えなくなかったかというくらいだ。仕事もやめて家にいるから、ゆっくりすればいいと思った。

夫人の方のショックは大きかったのでは?

 それはそうだろうが、逆に家でおとなしくいるからいいと思ったのじゃないか。

 それまで仕事で帰りは遅いし、出張も頻繁にあって、ほとんど家にいなかったから。

目が見えないと、逆に他の感覚器官が研ぎ澄まされるということを聞くが?

 結局、何が変わったかというと、入ってくる情報量が極端に少なくなる。基本的な感覚器官は視覚、聴覚、触覚だが、触覚というのはほとんどないに等しい。主に目と耳からだが、3分の2以上は目からだ。耳からの情報というのは極端に少ない。

 それが耳からしか情報は入ってこなくなるから、それに対する集中力が高まる。だから正確に聞こうという本能が目覚めてくる。

米国に亡命した中国人盲目弁護士の陳光誠氏の自伝を読んだことがある。彼は小学校も行っていない。18歳から学校に行って勉強を始め、結局、大学も卒業して弁護士資格も取る。そのとき、講義を聴きながら、聞いただけで頭に入れてしまう。その集中力はすごいものがあり、緊張感が違う。目が見える他の生徒は、ノートを取る。逆に、その安心感から記憶に落とし込むパワーが少ない。目が見えない人の方が、学習能力が高かったりする。

 結局、入ってくる情報量が少ないから、脳が処理する情報量が少ない。パソコンで言えばCPU(中央演算装置)のキャパシティーが余る。逆にいえば、入ってくる情報をきちっと処理できるようになる。目が見えるといろんなことが入ってくるから、適当に処理しないと容量をオーバーするが、入ってくる量が少ないからきちっと処理して、どうでもいいものは捨ててしまう。

それは、昔の人のような思考パターンに似ている。現代人より圧倒的に情報量は少ないのだが、人の心や世の中をちゃんと理解している。

 しょせんは暇なのだから。ああでもない、こうでもないといろいろ考える。疑問も当然、湧いてくる。そうなると、また新しい情報を求める意欲が出てきて、知的好奇心が刺激される。特に3年前からパソコンをやりだしてカバーエリアが増大した。

どうやるのか。

 ブラインドタッチだ。

 読み上げソフトというのがあって、主なニュースなどをずっと読んでくれたりする。それを聞いたり、疑問が湧けば検索ソフトを使ったりと楽しんでいる。

 さらに本も読んでくれるソフトがある。例えば8〓のSDカードで、単行本40冊程度入っている。視覚障害者のためのサービスとして、そうした本が10万冊ぐらいある。それで好きな本を図書館でダウンロードして聴く。

楽しみは。

 本を読んだり音楽を聴いたりする。その意味では今までになかった楽しみが広がっている。

 ただ、あまり外に出なくなった。食事に行くこともない。

散歩ぐらいはした方がいい。風に吹かれるだけでいい。

 そうだ。太陽に当たらないといけない。

 汗をかくことが大事だ。そのときはしんどいが、体調も良くなるし、後ですっきりする。家では自転車漕(こ)ぎを朝晩、やっているのだが。

盲目になって、夫人への思いは変わりましたか。

 大いに変わった。いてくれないと困る。目の代わりであり、杖でもある。それだけに感謝だ。これは黙っておいてください。

いや書かせてください。不安に思うことは?

 何が一番、不安かというと、女房に先立たれることだ。絶対、先に死んでもらったら困る。それが一番、怖い。今の不安はそれだけ。

切実な問題だ。

 本当に切実だ。その不安を解消する方法はただ一つ。絶対、女房より早く死のうと思っている。

 幸い、男性の方が5、6歳、平均年齢が低い。さらに私の方が4歳、年上だ。自然の摂理に任せておけば、それはかなえられるかなとは思っているが、これだけはね。

 だから女房の健康は、自分の健康より大事だ。私の健康はどっちでもいいが、女房は健康でいてくれないと困る。

 長生きしたいけど、寿命がくれば仕方がないし、女房より早く逝けるからそれもいい。

 ただ、女房が早く死んだら困るということだけが不安で、あとはストレスは全くない。

―ストレスフリー生活?

 そうだ。目が見えないから、ストレスになるようなものは入ってこない。

 見えたら逆にストレスが出てくると思う。いろんなものが分かるから。

 

仏像は大抵、目を半分閉じているが、そういう見えても見ない心の姿勢が大事なのかもしれない。

 本能的にストレスになるようなものを、耳に入れないようにしているのかもしれない。

 そういうふうに考えていけば、見えずともまた楽しからずやだ。