映画「女を修理する男」、「安価な武器」としての性暴力告発
ベルギー人映画監督 ティエリー・ミシェル氏に聞く
 1996年以降、20年以上も紛争状態が続くアフリカのコンゴ東部において、反政府武装勢力が住民に恐怖心を与えて支配する「安価な武器」として性暴力が利用されている。現地で被害者の救済とケアに取り組んでいるパンジ病院のデニ・ムクウェゲ医師を撮影し続けたドキュメント映画「女を修理する男」が昨年来、大学など全国29カ所で上映され3000人以上が鑑賞。波紋は確実に広がりつつある。ベルギー人映画監督のティエリー・ミシェル氏に話を聞いた。
(聞き手=池永達夫)
被害者救済へ闘う医師活写
アフリカの闇、資源が不幸を招来
映画「女を修理する男」を撮るきっかけはどういうものだったのか?
私は既に29の映画を作っているが、コンゴに特化したものが結構多い。パンジ病院長デニ・ムクウェゲ氏の物語を撮った「女を修理する男」は、コンゴで作った映画では10番目の映画となる。
今回の映画は、暗殺の試練に何度も遭遇しながら、医療だけでなく、精神的なケアと司法手段を通じ、性暴力被害者に献身的な治療に当たる婦人科医デニ・ムクウェゲ氏のドキュメントだ。ムクウェゲ氏は1999年、コンゴ東部のブカブにてパンジ病院を設立し、これまで4万人以上のレイプ被害者を治療してきた。
ムクウェゲ医師は、なかなかいるような人物ではない。アメリカで黒人の公民権運動の指導者として活躍したルーサー・キング牧師のような人物に匹敵する素晴らしい人格に引かれた。アフリカには、勇気があってポジティブな影響を与えることができる、そうした人物が必要だ。だから彼の映画を作りたかった。
人権保護者として死を賭しての献身的な実績が評価され、ムクウェゲ医師はこれまで国連人権賞やサハロフ賞などを受賞、ノーベル平和賞にもノミネートされてきた。2016年5月のタイム誌が特集した「最も影響力のある100人」にも選ばれている。
ムクウェゲ氏は、なぜ暗殺のターゲットになるのか?
コンゴ東部では性暴力は、単なる性的衝動の罪ではなく武器として使われている。
ここではスズやタングステンだけでなく携帯電話に使用されるコルタン、金といった希少金属や貴金属が採掘できる。こうした豊富な鉱物資源を押さえて軍や武装勢力の資金源とするため、これらの地域で性暴力は意図的な紛争手段として利用されている。
性暴力はコストの掛からない安い武器なのだ。夫や子供など家族や大衆の前で暴行し、家族の絆やコミュニティーを壊す。6カ月の赤ん坊から、80歳の老婦人が犠牲者になったこともある。しかも、レイプされるのは女性だけとは限らず、男性もときにターゲットになる。ムクウェゲ氏によると男性被害者は女性被害者より社会復帰が難しく、自殺者も多い。
結局、人々はトラウマに悩まされ、恐怖におびえるようになる。レイプされた女性は夫や親族から疎んじられもする。
軍や武装勢力は、強制力を駆使しなくても人々を地域から移動させることができるし、残った人間を奴隷のように働かせることで労働力も確保できる。
だから性暴力被害者に内外のケアに当たるムクウェゲ氏は、武装勢力にとって都合の悪い人間となるのだ。
しかし、ムクウェゲ氏は何度も暗殺未遂の現場に遭遇しながらひるむような男ではない。ムクウェゲ氏が映画に出ていること自体、そうした暴力に立ち向かう意思の表現であり、勇気の表れなのだ。
周囲が沈黙したまま、誰も取り上げなければ抹殺が簡単になる。誰も知らないままだと、殺害されても歴史の荒波の中に放り込まれるだけだ。世界にこうした人物がいることを世界の人々に知ってもらうことで、彼の安全を確保する効果も期待した。
ムクウェゲ氏はクリスチャン?
父はコンゴ東部で初めて赴任したプロテスタントの牧師だった。ムクウェゲ氏も敬虔な信者だ。映画の中でも、ミサに出席するシーンがある。コンゴはほとんどカトリックだが、ムクウェゲ氏はプロテスタントだ。そうした「神と我」の関係が、ムクウェゲ氏に強固な信念を与えている。
パンジ病院に保護された性暴力被害女性にやがて笑顔が戻る。その笑顔こそが回復の兆しだし、ムクウェゲ氏の仕事のモチベーションでもある。
ムクウェゲ氏への暗殺未遂があったわけだが、映画撮影でも同じような目に遭遇したことは?
暗殺はないが、警察や武装集団に捕まったり、一時刑務所に放り込まれたことはあった。現在、コンゴには入国できない。
性暴力被害者の撮影では、どういったことに注意したのか?
実はあまり注意する必要はなかった。アラブ人だとあまり話さないが、コンゴでは被害者でも結構、話す。話せばセラピー効果による治癒効果が期待されるので、いいことだ。
ムクウェゲ氏の性暴力被害者女性に対する内的なリハビリでは、みんなによる体験共有を奨励している。集団の中で話すのが特徴だ。
驚かされるのは彼らのスピーチ力だ。舌を巻くほど結構うまい。踊ったり表現力もある。民族的伝統でもある、助け合う共同体文化が維持されていることが希望だ。
コンゴと日本は遠いが、日本上映に関して監督の思い入れは?
地理的には遠いが、経済的には関係が深い。コンゴで産出されるコルタンは、日本で使われる携帯電話でも使われている。その意味では、コンゴの性暴力に日本社会が加担していると考えることも必要だ。また第2次世界大戦末期に広島、長崎に落とされた原子爆弾は、コンゴ産ウランだった。
昨年12月にコンゴのカビラ大統領は、2期目を終了しながら、選挙は延び延びになったままだ。選挙を経ないで政治的に居座るのは、いい加減、辞めるべきだ。
ムクウェゲ氏は大きな決断をし、大統領選を実施することで平和的に政権を動かそうとしている。これには国際社会と国民の支持の二つの条件が必要となる。これがあれば、現状打破が可能になる。そうでなければ独裁政権が続くだけで、腐敗は収まらない。











