人を幸せにする企業が幸せになる
「企業家ミュージアム」オープン
日本経営道協会・一般社団法人企業家ミュージアム代表 市川覚峯氏に聞く
1200日の修行を経て「人を幸せにする企業が幸せになる」という真理をつかんだ日本経営道協会の市川覚峯代表は今年3月、外神田に「企業家ミュージアム」を開設し、日本を代表する経営者の資料を展示し、日本思想を柱にした経営の復興・継承を目指している。その思いを伺った。
(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)
宗教思想を経営に生かせ
人を育て、大切にする経営を
企業家ミュージアムを開設した目的は。

いちかわ・かくほう 長野県生まれ。産業能率大学経営管理研究所での経営指導、(株)山城経営研究所での経営者教育を経て、44歳の時、比叡山、高野山、大峯山などで1200日の修行をし、下山後、日本経営道協会を設立し、代表に就任した。
日本の経営者はほとんどが神仏儒の考えで、特に仏教の思想がコアになっています。ところが戦後70年、仏教的な思想が非常に薄れています。経済的には発展しても、戦後復興の原動力となった日本精神が衰退しているので、その復興と継承を目指して設立しました。
特別展示している東京コカ・コーラ(今のコカ・コーライーストジャパン)創業者、高梨仁三郎(にさぶろう)の「創業の想い」は「ひとによろこびをあたえ、一緒に幸福になろう」で、仏教の慈悲・利他の思想です。彼は明治20年に野田醤油醸造組合(後のキッコーマン)を茂木家と共に設立した家の出で、江戸時代からの商家の精神を継承しています。
東芝の社長・会長を経て経団連会長になり、土光臨調で辣腕(らつわん)を振るった土光敏夫は日蓮宗の熱心な信徒で、毎朝読経し、日蓮のように「我に艱難辛苦を与えたまえ」と唱えていました。
カルピスの創業者、三島海雲(かいうん)は、浄土真宗本願寺派の寺に生まれ、13歳で得度(とくど)しています。本願寺や仏教大学で学んだ後、25歳の時に北京に渡り、大陸各地で雑貨等を販売していた時、軍部から軍馬調達の指名を受け、内蒙古(今の中国内モンゴル自治区)に入ります。現地で体調を崩して瀕死(ひんし)の状態になり、勧められるまま酸乳を飲み続けたところ奇跡的に回復したのが乳酸菌飲料との出合いです。
「カルピス」は最高の味を意味するサンスクリット語で、彼は「国利民福」を旨としていました。
オムロンの創業者、立石一真は「最もよく人を幸せにする人が最もよく幸せになる」と言っています。ワコール創業者の塚本幸一はインパール作戦の生き残りです。戦後、京都の護国神社にお参りし、戦場に散った戦友たちの分まで生きて祖国の復興に尽くすことを誓った帰り道、草むらの中で米兵と戯れている日本人女性を見て、彼女をそうさせたのは自分たちの責任ではないかと思い、日本の女性を幸せにしようと誓い、やがて女性下着のトップメーカーになる会社を創業したのです。
ところが、高度経済成長を経て日本の産業界は、技術は高いが哲学は乏しい時代を迎えます。日本精神が薄れ、拝金主義が横行するようになりました。
神仏儒の日本の心を継承していくことが大事です。その代表が武士道精神で、新渡戸稲造が英語で書いた『武士道』は世界的なベストセラーになりました。日本資本主義の父とも言われる渋沢栄一も『論語と算盤』を著し、「道徳経済合一説」という理念を説いています。
日本的経営の魂ですね。
ここに展示されているものは、企業家の思いが結実したものばかりです。私が1200日の修行で悟ったのは「想魂錬磨行継承」で、思いと魂を磨き、それを行いをもって継承していくという意味です。若い経営者に先達が築き上げてきた日本思想を継承させなければなりません。
修行を決意したのは?
当時、佐川急便事件やリクルート事件があり、金を求めるあまり心を見失ったビジネス界の実情に落胆しました。そこで、より本質的なものをつかもうと思い、修行を決意したのです。
日本には200年以上続く企業が3200社あり、世界では5600社なので、その6割弱が日本にあることになります。世界一古いホテルは金沢にある法師旅館で1300年続き、三つの輪の家紋にして誠実、奉仕、協力を継承し続けています。
昔、中国では幸せを運んでくれる人を貴人と言いました。伝教大師最澄は「忘己利他(もうこりた)」、己を忘れて他を利するは慈悲の極みなりと説きました。「三方良し」を語った近江商人は「運を得るために徳を積め」と言っています。
日本的経営の特徴は、人間を育てるところにあります。
私は「人材」ではなく「人物」と言っています。松下幸之助は、「わが社では人物をつくり、併せて電気製品を作っている」「利益はお客様に貢献したご褒美である」と言っていました。人間を育てるといい製品ができ、関わる人たちが幸せになります。
人を育て、人を大切にする思想が、年功序列や企業内組合、福利施設、退職後の手当てを生みますが、基本は聖徳太子が十七条憲法の最初に掲げた「和をもって貴しとなす」の精神です。
他方、企業は不断のイノベーションが求められます。
「易不易」というように、物事には変えるべきことと、変えてはいけないこととがあります。後者が日本思想であり、前者が時代に合わせた生産技術、新商品などの開発です。それも利他・慈悲の精神で、顧客の利便性、幸せを求めるところから生まれます。
コンサルタントととして重視しているのは何ですか。
社員の自主性、自律性を育てることです。自己コントロール力を身に付け、いろいろな課題に主体的に取り組んでいくような人の育成を目指しています。
今の教育は学校でも家庭でも知識の詰め込み、過干渉が一つの問題です。そうして育てられた人は、企業に入ると指示待ち族になってしまう。自分で考え、課題を発見して取り組むようにならないと人も企業も成長しません。
これからの企業は、社員の人間力をどれだけ伸ばせるかで違いが出てきます。企業は道場のようなものですから、仕事を通して社会に役立つ人間を育てることを目的にすべきです。それが成功すれば、自ずと利益を生むようになります。