農福連携で農業に新しい発想を
喝破道場理事長 野田 大燈師に聞く
香川県高松市五色台に野田大燈老師が開いた喝破道場は、檀家(だんか)を持たない曹洞宗の禅堂で、不登校児や引きこもりの若者を受け入れ、禅宗の修行に基づく共同生活で彼らの復学や社会復帰を支援している。令和3年に始めたのが農水省の「農福連携」で、農業訓練を通して発達障害者らの社会復帰を進める事業。その取り組みについて老師に聞いた。
(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)
孤独避け 生きがい増やす
興味ある分野で特異能力
閉塞的農業を変える力に
喝破道場が農福連携に取り組もうとされたのは?
農水省の関係者から、平均70歳の人たちが香川県の農業を支えていると聞き、心配になりました。後継者も少なく、日本の食料自給率、カロリーベースで37%は下がる一方です。
そこで、障害者らが農業分野で活躍することを通じ、自信や生きがいを持って社会参画を実現していく農水省の農福連携の取り組みを聞いて、これはやらなければならないと思いました。
私の農事組合法人は、平均75歳の健康長寿型農業です。
それも農福連携の一つですよ。定年退職後の高齢者が、地域の農業で働き、一定の収入を得ながら健康を維持し、農業の維持をはじめ地域の活性化に貢献しているのですから。大型農機の運転などは女性でもできるし、肥料の運搬や事務などいろいろな作業があり、体力や能力に応じて働くことができます。
脳も体も鍛え続けないと衰えますから。体力維持のためにスポーツジムに通う高齢者もいますが、それを地域の農業で実現すればいい。しかも、仲間とのコミュニケーションも豊かになるので、孤独を避け、生きがいを増やすのにも役立ちます。
喝破道場は障害児施設の運営もしています。
若竹学園の子供たちは7割が発達障害で、じっとしていることができないADHD傾向や、知能指数が130~150というアスペルガー傾向の子供たちもいます。でも、集団生活の中で教育し、型を覚えれば社会参加できるようになります。喝破道場は本体が禅寺なので、朝6時の起床から規則正しい生活をさせます。
これまでは正常な日常生活に戻して家に帰していたのですが、彼らの社会参加の一つとして教育にも農業を取り入れるようにしています。大事なのは農業が好きになることです。これまで何度もつまづき、そのたびに自信をなくしてきている子たちなので、それがないようにしたい。
農福連携は農水省の補助事業で、公募しています。
ところが、コロナ禍で応募者が少ないので、JA関係者から、経験のある喝破道場でやらないかと打診されました。道場では引きこもりなどの若者を預かっていますが、経費は親の負担なので、回復すれば家に帰り、何かの仕事に就いてほしいと思っています。引きこもりのきっかけは対人関係のつまづきが多いのです。家に帰ると元の木阿弥になる恐れがあり、道場から直接社会復帰されるのが最良なのです。その一つに農福連携は有望だと感じています。彼らが農家で就労訓練をすれば、農家に補助金が支給されます。
しかし、問題を抱えているので働くのは難しい。
それを考えるのが厚労省で、道場は若竹学園の運営で厚労省との関係は長く、発達障害者らも働ける農業を一緒に工夫しています。彼らが働けるには現場にケアできるカウンセラーの伴走が必要で、それを厚労省にお願いしているのです。このような形態の活動は全国的にも少ないと思いますので、そのモデルをつくりたい。
発達障害に多いのはアスペルガーで、彼らは社会的コミュニケーション力に欠けるのですが、興味のある分野には特異な能力を発揮します。今の閉塞的な日本の農業を変えるには、彼らのような存在が必要だと思っています。道場の窯で湯飲み茶わんを作らせたところ、素晴らしい作品ができましたから。
発達障害児がじっとしていられないのは、パワーがあるからです。それを投薬で抑え込むのではなく、発揮させるようにする。農業で適材適所にそれができるようになれば、農業を変えられると思います。自然と向き合い作業する中で、少しずつ自信を付けていけば、対人関係も改善していきますから。
道場では地元の市から生活保護者の就労訓練も委託されていて、たまたまハーブ園で働いてもらうと、彼らもアロマ効果で長時間働くことができたのです。
受け入れ農家には、引きこもりや発達障害の特徴を説明します。彼らに共通しているのは、真面目でうそをつかないことで、働きづらさを抱えています。
半年で5人ずつの訓練を予定しており、試行期間を経て就労につなげます。農業と福祉の連携で、双方に展望が開ければいいですね。子供たちの新しい発想が社会を変えていくのを期待しています。
農業の改革は機械化や規模拡大が主流ですが、小さな発想の転換からくる多様な取り組みがあるのがいい。私たちの集団営農は定年後の地域活動で、そのチームはほかの地域活動にも対応でき、かつての共同体の再生でもあります。道場がハーブ園を始めたのは?
ある発達障害児とハーブ畑の草取りをしたら、いつまでも続けるので、「どうして?」と聞くと、「気持ちがいい」と言うのです。それがヒントになって、境内にハーブ園を設けることにしました。数種類のハーブを栽培し、ハーブ茶にして販売したり、近年は食品や医薬品会社にも納めています。
禅宗では作務も修行です。
ここに来る子供たちは共同生活の経験に欠け、家事をしない彼らには持ち場がない。それを社会復帰につなげるのです。
大切なのはお金です。彼らもお金は欲しいから、それなりに稼げるようにする。自立できると結婚も視野に入ってきます。福祉の負の側面は依存的な体質にすることで、出来るだけ社会復帰を目指す必要があります。
【メモ】インドの仏教僧は食は鉢で得て、経済活動はしない。ところが、中国で国家的迫害を受けた禅寺は山に逃れて自給自足するようになり、作務も修行に組み込まれた。それが日本に伝わり、生活禅として発達する。鈴木大拙が、日本的霊性は禅宗と浄土宗がつくったとする所以だ。それを地で行くのが喝破道場である。