マンガ原画の保存・活用
世界に誇る大衆文化の資産
横手市増田まんが美術館館長 大石 卓氏に聞く
日本のマンガは国内外に大きな影響を及ぼしている。しかし、作家直筆の原画が海外に流出し高額で取引されたり紛失する事例が見られる。原画収蔵に重点を置く秋田県の横手市増田まんが美術館館長の大石卓氏は「原画一枚一枚には作家の魂がこもっている。オールジャパンで原画の保存に取り組みましょう」と訴える。
(聞き手=伊藤志郎)
官民挙げ流出・紛失防ごう
ノウハウは惜しまず提供
「釣りキチ三平」や「マタギ」で有名な矢口高雄さんが、昨年11月20日に亡くなった。こちらのまんが美術館誕生のきっかけをつくった方ですから、ショックだったでしょう。

おおいし・たかし 1970年(昭和45年)、秋田県増田町生まれ。88年、増田町役場職員。2005年、市町村合併により横手市職員。07年、横手市増田ふれあいプラザ(生涯学習施設)まんが美術館担当として美術館運営と原画保存事業に従事。20年3月末に横手市職員を早期退職し、4月から横手市増田まんが美術財団の業務執行理事。横手市増田まんが美術館館長、文化庁マンガ原画アーカイブセンター事業のセンター長。
覚悟はしていました。すい臓がんでしたから。
増田町まんが美術館は1995年(平成7年)に、複合施設の一角に開館しました。増田町出身の矢口先生は、個人の記念館より、これからマンガを目指す若者には一流の漫画家、白土三平さんやさいとう・たかをさんらの原画を見せるのが一番の勉強になるからと、最初は約60人の作家原画の展示からスタートしました。僕は増田町役場の財政係として傍で見ていました。
2005年に増田町が横手市に合併し、07年にはまんが美術館担当として矢口先生と直接関わるようになり、息子以上に可愛がってもらった。2日に一遍電話がくるし、夜中に酩酊状態で掛けてくることもあった。奥さんと娘さんも家族みたいに接してくれた。喪失感はすごく大きいです。先生がいなければ美術館は建っていない。
先生から原画の寄贈を受けたわけですね。
12年に、同居していた娘さんを病気で亡くしたのは先生にとって本当にショックだった。本人も前立腺がんの手術をし、張り合いや気力が戻ってこなくてペンを置きアトリエも畳んだ。終活みたいに整理していく過程で「大量にある原画を大石君に託してあの世にいくから」と先生から言葉を頂きました。話し合った末に、すべての原画約4万2千枚を横手市に寄贈して財産とし、それを核にして日本のマンガ原画の保存に取り組んでいくと先生と決めたんです。
収蔵庫の容量不足や老朽化からリニューアルとなった。
13年に初当選した髙橋大(だい)市長の判断で、複合施設全体を美術館とし、原画の保存と活用、アーカイブ化をしていくと決まった。先生の4万2千枚がなければ、国内外合わせて180人の原画計40万枚という美術館の取り組みもできなかった。
そこから原画保存に特化するまんが美術館に変わっていったわけですね。
運営は永続的に取り組める民間に任せるべきだと財団法人をつくった。矢口先生、東成瀬(ひがしなるせ)村の高橋よしひろ先生(「銀河」シリーズ)、横手市のきくち正太先生(「おせん」)、秋田市の倉田よしみ先生(「味いちもんめ」)の4人の漫画家と横手市が共同出資した。
リニューアル初年度の入館者は、19年5月にオープンし12月末には12万人を達成。最終的には14万2千人となった。
一般の読者はマンガを単行本や雑誌で見るだけ。原画の魅力は何ですか。
原画しか持っていない情報はいっぱいある。先生の指示が欄外に書かれていたり、インクやホワイトの盛りなど立体的に見える。作家の息遣いは原画でしか感じ取れない。一枚一枚、作家が魂を込めて、アシスタントも含めて一つの絵を完成させるための迫力や熱量も感じる。
マンガの業界では、原画の紛失はかなりあるとか。
4色(カラー)と1色の印刷が別々で冒頭のカラーだけが紛失したとか、出版社が好意で原画を倉庫保存していたが、出版不況のため、ある日突然、原画が作家に送り返されたとか。マンションやアパートだと保管場所がなく、捨てたとか燃やしたという話が伝わってくる。
さらに海外では原画を芸術的価値として見るので評価がすごく高い。過去の浮世絵の海外流出と同じになる恐れがある。
原画は量がすごい。大体B4サイズで、単行本1冊で平均200頁。例えば100冊発行されたら2万枚ある。通常の段ボールで20から30箱になる。
横手市はいち早く、戦後最大の大衆文化と言われるマンガの隆盛を支えた原画は資産だという価値付けをした。まして矢口先生の作品は、すべて故郷がベース。貧しい農村の暮らしは民俗学的にも貴重な資料で、後世に残していくことを取り組みの中心に据えた。他の自治体で同じことができるかどうか。
マンガの原画保存に関する国内唯一の相談窓口としてアーカイブセンターの役割もあります。
これは美術館とは全く別の業務になります。アーカイブセンターは文化庁の委託事業です。昨年の4月からで、一番は原画の保存相談です。作家さんや編集、遺族の方から「突然夫が亡くなって原画残ったんですけれども私管理していけません」などです。話を聞いて処方箋を出すまでが仕事です。
さらには全国の美術館、博物館、倉庫など預かってくれる場所や仲間を増やすこともやっています。全国規模で原画を守っていくような世話をするのも業務の一つです。あとはアーカイブに関わる人材の育成。原画保存に関する時間や費用などの情報を開示しています。うちの美術館で預かってもらえると相談してくる方もいますが、そうではありません。
世界では、日本のアニメや「MANGA」に出資したい人がいっぱいいます。いたずらに国や自治体からお金をもらうのではなく皆で守っていく。今は一般財団法人ですが、公益化すると税制優遇を受けられる基金が立てられる。個人・企業からマンガ原画の文化を守る支援を集め全国の原画保存に関わるところに分配していきたい。5年も10年もかかると思いますが。
活用としては、美術館や増田の蔵での展示、ワークショップのほかミュージアムショップで原画の複製や関連商品の販売もしており好評です。「―追悼展―矢口高雄 マンガ万歳」を3月7日まで開いていますから是非お出でください。