日米豪印で中国に対抗を 識者インタビュー(下)


台湾有事を想定し準備急げ
米の対応次第で侵攻現実に

元自衛艦隊司令官・香田 洋二氏

中国は今後どう出てくるか。

香田 洋二

元自衛艦隊司令官 香田 洋二氏

 最悪のケースとして中国との戦いを考える時、数理解析による戦力分析も大事だが、日本はわれわれの歴史の知恵や地形を踏まえて、柔軟に考える必要がある。

 中国は資源を確保しようとしても、米国のように同盟国が海外にあるわけではないし、肩入れしてくれる先進国もない。そのようなハンディキャップの中で国家生存のために外国と貿易を維持している。

 地図を見ると、中国は第1列島線で封じ込められているのが分かる。中国がいかに国際世論を無視し、サンゴ礁を埋め立てて基地を造ったとしても、日本列島や台湾、フィリピンの位置を変えることはできない。

 人民解放軍が量的に急成長していることは事実であり、これは無視をしてはいけない。しかしわれわれの地域は有効に使える地形であることも事実だ。中国の空母5隻と、この地形のどちらが重要か考えた時、しっかりコントロールできれば、この地形は空母100隻にも匹敵する。

 第1列島線は現在、中国のものではない。躍起になって南シナ海を埋め立てているのも、このままだと、米国と対立した場合、出口をふさがれてしまうからだ。

 そのためソフトパワーなども動員して、周辺国を外交的に手なずけようとするだろう。さらには、ハードパワーで沖縄の列島線やフィリピン・台湾のライン、バシー海峡やマラッカ海峡を占拠する、という行動に出ることも考えられる。

 米国を除くどの国も単独では中国と渡り合うことができないため、米軍の力が必ず必要になってくる。軍事的にも経済的にも中国を暴発させないため、地形をうまく使い、日米豪印で一つの連携体制をつくり、東南アジアの国々と中国との距離を少しでも離しておくことが重要だ。

台湾との関係も重要になってくる。

 地政学的に考えても、日本が台湾と仲良くしない選択肢はあり得ない。台湾が中国に取られれば、中国を扼(やく)する第1列島線の意味が一気になくなってしまう。

 米国は「台湾は中国の一部である」という中国側の主張を認めていないが、日本は中国との経済関係を重視したいがために忖度(そんたく)をして、どちらとも言っていない。これは非常に危ないことだ。

 台湾有事は日本に直接の被害はないという政府の建前であろうが、少なくとも、与那国、宮古、石垣の安全を確保する態勢は整えておかねばならない。わが国に火の粉が及ばないようにするためにも、台湾有事を想定した政府認定の計画に基づくシミュレーションを官邸を巻き込んで行い、常に準備しておくことが重要だ。

中国の習近平国家主席はパワーバランスを無視し、野心むき出しのように見える。

 中国の誤算は国際社会での孤立だ。当初、一帯一路に賛成していた欧州の国々がほとんどそっぽを向いてしまった。今まで一番関係の深かったドイツのメルケル首相でさえ、人権面を中心に厳しく指摘するようになった。その問題の根本がウイグルやチベット、内モンゴルにあることを習近平主席は理解できていない。

 もう一つは、人民解放軍が強くなったとはいえ、世界のどこに中国が出ていっても米軍がいることだ。米国は戦後、同盟のネットワークを世界中につくっており、中国が行きそうな所には必ず出てくる。なかなか中国の思惑通りにいっていないのが現状だろう。

今後の米中関係の見通しは。

 米国はオバマ政権下で、中国の覇権拡大や人権問題に対して、「暗黙の青信号」を出してしまった経緯がある。バイデン政権が誕生した場合、中国は米国の出方を試すはずだ。台湾の領有権が確立している東沙諸島に侵攻して、「国内問題として自国の領土に軍隊を送っただけ」と主張し、バイデン新政権がどう出るかを試すことも考えられる。

 ここで米国が動かなかった場合、台湾軍事侵攻が一気に現実味を増すことになる。米国が台湾保護に動いた場合、今度は日本がどう出るかという問題になる。

 少なくとも今後、危機が3回訪れることになる。一つは2021年で、バイデン政権を試す動きだ。次は人民解放軍創立100周年となる27年。その次が中国建国100周年となる49年だ。

 人民解放軍は、何が何でも49年までに台湾と尖閣諸島に五星紅旗を立てないと、共産党政権の中国国民に対する公約が果たせない。これらは必ず起こる。そのために今からしっかりと準備しておかねばならない。

(聞き手=社会部・川瀬裕也)

日本は防衛費GDP5%に
4ヵ国連携で中国に対峙を

元米太平洋艦隊情報部長 ジェームズ・ファネル氏

中国は急速に軍拡を進めている。その目的は何か。

ジェームズ・ファネル

元米太平洋艦隊情報部長
ジェームズ・ファネル氏

 中国は軍拡と世界規模での作戦展開を進めているが、これはすべて「中国の偉大な復興」を実現させるという習近平国家主席と中国共産党の野心と結び付いている。

 このスローガンは、中国共産党が中国を世界の指導者としての本来の地位に戻そうという願望と目標を示している。かつての中国の王朝は、自らが天と地を結ぶ「中華帝国」であり、その指導力によって世界に安定と調和がもたらされると信じていた。

 中国共産党は古くからあるこの考えを取り入れ、「中国の夢」として実現させようとしている。そのため中国は巨大経済圏構想「一帯一路」を開始し、それを欧州、アフリカ、南太平洋、北極圏、アジアに展開している。

 それには、強力な海軍が必要だ。中国は過去200年間の米国やかつての英国に目を向け、世界を支配するためには、強い海軍が必要だと考えた。

今後の中国海軍の艦艇数はどうなるか。

 私の予測では2030年までに中国海軍は水上艦と潜水艦を合わせ約550隻になる。これは非常に著しい増加だ。

 重要なことは、数だけでなく質も向上していることだ。中国が建造しているのは洗練された戦闘艦であり、高度な通信・防御システム、非常に強力な攻撃兵器、特に対艦巡航ミサイルを備えている。

 例えば、055型巡洋艦には、垂直発射装置が112個あり、そこから超音速で操縦性が高く、約300㌔㍍の射程を持つYJ―18のような対艦巡航ミサイルを発射する。こうした兵器は、米海軍や海上自衛隊が現在配備するものより優れている。

アジア太平洋地域における米中軍事バランスは今後どうなるか。

 米国と同盟国は、海軍力を増強するための支出を増やす必要がある。常軌を逸した話に聞こえるかもしれないが、中国の脅威に直面しながら、なぜ日本は国内総生産(GDP)の5%を防衛に費やさず、わずか1%を超えるかどうかの議論をしているのか。

 例えば、斧(おの)を持った男が家にやって来て、ドアを壊し、殺すぞと叫んだ時、バターナイフで立ち向かおうとしているのが今の日本だ。しかし、その男が殺しに来た時、銃で撃つ必要がある。

 トランプ政権下で米国は軍事支出を増やし、海軍の規模を拡大することに再び焦点を当てた。オバマ前政権の8年間、海軍の艦艇数は280隻以下に減少し、現在は290隻をわずかに超える程度だ。トランプ政権は、海軍の規模低下は食い止めたが、必要な数にはまだ程遠い。

 しかし、マーク・エスパー前国防長官は退任する前、500隻の海軍艦艇が必要だと述べた。議会を含め軍事費の優先順位は海軍にあるとの認識が明確になってきている。

同盟国間の連携強化が重要になる。

 私は「自由で開かれたインド太平洋」を提唱した日本を非常に評価しており、その構想は米国、日本、オーストラリア、インドによる「クワッド同盟」を後押しした。

 昨年、この4カ国の海軍がインド太平洋地域で合同演習を行ったが、これは非常に重要だ。相互の艦艇に人員を送り、それぞれの考え方や運用の仕方を理解し、どのように連携するか議論することで、相互運用性は著しく向上する。

 運用面だけでなく、こうした演習を行うほど、中国の脅威に対し共同で立ち向かうことができるのだという国民の信頼と自信を築くことができる。

 訓練によって連携が強まることで、例えば中国が第7艦隊や海上自衛隊の艦隊に手を出せば、これら4カ国の合同軍に立ち向かうことを意味するようになる。

バイデン前米副大統領が大統領に就任した場合、対中政策はどうなるか。

 バイデン氏は中国に厳しい姿勢で臨むとしているが、それが本当であることを願う。しかし、バイデン氏が閣僚人事で発表した人々について大きな懸念を抱いている。

 彼らは、アジアへの「ピボット(軸足移動)」や「リバランス(再均衡)」について語っていたにもかかわらず、実際には中国に対して非常に弱腰だった。結局、中身のないスローガンにすぎなかった。だから、彼らがどこまで対中強硬策を示せるか懸念している。

(聞き手=ワシントン・山崎洋介)

不透明な米国の対中戦略
日印協力が地域安保を規定

インド政策研究センター教授 ブラーマ・チェラニー氏

米国の対中政策はどうなるか。

チェラニー氏

インド政策研究センター教授
ブラーマ・チェラニー氏

 ニクソン元大統領からオバマ前大統領まで、米国の歴代大統領は中国の台頭を手助けしてきた。対中政策の抜本的転換を始めたのがトランプ大統領だ。ジョー・バイデン氏はこれまでのところ、対中戦略をほとんど明確にしていない。

 米国のパワーエリートたちが冷戦思考に固執し、衰退するロシアを主敵と見なすこと以上に、中国の利益となることはない。バイデンチームの主要メンバーにも浸透するこのような思考が、中露の協力拡大を後押ししてきたのだ。

 バイデン氏は、対中関係の「リセット」を模索するかもしれない。だが、バイデン氏にとって、中国に弱腰なアプローチを進めたり、利害が共通する分野で協力関係を構築するのは容易ではない。そのようなアプローチは、米国内の中国に対する超党派のコンセンサスに反するからだ。

 バイデン氏が中国に対して弱腰になるのを抑制する要素がもう一つある。それは物議を醸す息子ハンター氏のスキャンダルだ。ハンター氏は中国銀行が後押しした投資取引で数百万㌦を手に入れた。

バイデン政権が誕生した場合でも、「自由で開かれたインド太平洋」構想は維持されるか。

 大統領選中、バイデン陣営の声明には「インド太平洋」という言葉さえ出てこなかった。選挙後、バイデン氏は外国首脳との電話会談で「インド太平洋」に言及したが、「自由で開かれた」の文言はなかった。代わりに、バイデン氏が新たに作ったのは「安全で繁栄したインド太平洋」というフレーズだ。だが、これがどう違うのか、バイデン氏は何も示していない。

 中国は「インド太平洋」よりも「アジア太平洋」という言葉を非常に好む。中国国営メディアはバイデンチームに対し、「インド太平洋」を「アジア太平洋」に置き換えるよう促している。バイデン氏はロイド・オースティン氏を国防長官に指名する声明で、「アジア太平洋」という言葉を使ったほか、米国にとって最大の課題である中国についての言及を避け、中国を大喜びさせた。

バイデン政権が誕生した場合、台湾と尖閣諸島に対する防衛コミットメントはどうなるか。

 台湾はインド、日本、ベトナム、フィリピンなどの防衛にも重要な役割を果たしている。台湾の存在自体が中国軍のかなりの部分を固定させているからだ。台湾の強制的な併合は、全世界の平和と安全を脅かす恐ろしい中国をつくり出すことになる。

 バイデン氏は中国の侵略から台湾を防衛すると、はっきり表明する必要がある。さもなければ、付け上がる習体制が台湾を軍事的に包囲する可能性がある。

 またバイデン氏は中国に対し、尖閣諸島の現状維持を脅かそうとすれば、米国は大きな代償を負わせるという明確なメッセージを送らなければならない。菅義偉首相は、バイデン氏から尖閣諸島にも米国の防衛義務が適用されるとの保証を得たと語った。だが、バイデンチームの発表には、中国に対するあからさまな配慮から、そのような保証は省かれた。

インド太平洋の平和と安定のために日本が果たすべき役割は。

 日本がよりしっかりした国になることが、インド太平洋地域の平和を支えることになる。日本は長年、守勢だった。これが中国に主導権を許す要因になってきた。

 日本は長期的な安全を守るために、受け身の平和主義モードから脱却しなければならない。日本は冷静さと自信と断固たる決意を持って行動しなければならない。

 中国の攻撃的な拡張主義とバイデン政権の不透明な対中政策を考えると、菅政権が重大な問題に直面していることは間違いない。

日印による協力強化の重要性は。

 急速に進展するインドと日本の関係は、世界最大の民主主義国とアジア最古の民主主義国による同盟の幕開けを象徴するものだ。日印のパートナーシップには、思想的、文化的、地政学的に対立する要素が無い。このパートナーシップがインド太平洋の安全保障を規定することになる。

 中国はインドと日本というアジアの主要競争相手を封じ込めようと、これまで以上に決意しているように見える。日中印は不等辺三角形だ。中国が最も長い辺A、日本が辺B、インドが辺Cとしよう。BとCが手を組めば、Aはアジアで突出した地位を望むことはできない。

(聞き手=編集委員・早川俊行)

見せしめで豪を罰する中国
圧力に屈すれば世界の悲劇

豪チャールズ・スタート大学教授 クライブ・ハミルトン氏

中国の影響工作によりオーストラリアの学問の自由はどのように脅かされているか。

ハミルトン氏

豪チャールズ・スタート大学教授
クライブ・ハミルトン氏

 中国は豪州の大学やシンクタンクに多くの資源を投入し、また膨大な数の中国人学生を送っている。過去10~15年間に、豪州の大学、特にトップクラスの大学は、中国からの資金に大きく依存するようになり、大学幹部たちは中国を怒らせるようなことは一切してはならないという考えを持つようになった。

 その結果、大学の多くの学者は、自己検閲をするようになった。『目に見えぬ侵略』のような本も本来は中国を専門とする研究者が書くべきだと常々考えていたが、彼らがそうしなかったので、私が書いた。

 中国について最も詳しい研究者たちが中国共産党を批判するのを避けるか、その立場を積極的に支持するのは大きな問題だ。

米国では孔子学院の閉鎖が相次いでいる。豪州でも警戒感が高まっているか。

 3年前に私や他の数人が懸念の声を上げた時、「中国恐怖症」だと批判された。私を批判した人たちは、ただの文化交流、言語教育の機関であると中国のプロパガンダを繰り返すばかりだった。しかし孔子学院には、中国の影響力を大学に拡大するという、はるかに重要な役割がある。

 しかし、今では孔子学院への認識が変わってきている。多くの大学は契約を更新せず、期限が切れるのを待っていると思う。日本の大学も、孔子学院がただの教育機関だという嘘(うそ)を信じるのではなく、同様の対応を取るべきだ。

中国は豪州産ワインや牛肉の輸入制限などの経済的圧力を強めている。

 豪州は、ファーウェイの5G通信機器の排除などさまざまな対応策を講じていた。中国が非常に不快に思っていたところに、豪外相が新型コロナウイルスの起源について調査を要求したため、世界への見せしめとして豪州を罰することを決めた。

 豪州政府はどのような経済的圧力を受けても原則は曲げないという立場を貫いており、今後も引き下がらないと思う。状況が変わるのは、中国がこうした圧力に効果がないことを悟った時だけだろう。

 これは世界にとって非常に重要なことだ。豪州が中国の嫌がらせに屈した場合、米国以外のほぼすべての国を脅せるとのメッセージを中国に送ることになるからだ。そうなれば、世界の民主主義と人権にとって破滅的なことだ。

豪州は中国の影響工作にどう対応しているか。

 外国干渉法を制定し、中国による多くの工作活動を犯罪化した。情報機関も中国による干渉の調査に多くの資源を投入している。

 最も重要なのはメディアによる調査だ。豪州ではメディアが中国共産党の影響工作について積極的に報じることで、国民の認識が高まった。

 日本でもメディアの役割が非常に重要だ。もし日本のメディアが日本で中国共産党が何をしているのか報じなければ、日本人は危険を知らないままになるからだ。

 問題は、左派勢力の間で、中国は無害であり、米国に対する貴重な砦(とりで)と見なす傾向があることだ。私自身も左派出身だが、ウイグル人や香港人の権利を侵害する中国共産党を左派の価値観に対する脅威だとみている。左派の多くがこうした問題から目を背け、中国共産党の擁護者になるのを見るのは非常に苦痛だ。

 歴史書は、中国の独裁政権を擁護する日本や豪州の左派に対して非常に厳しい評価を下すだろう。

あなたは「アジア民主国家同盟」を提唱している。これはどういう構想か。

 アジアでは民主国家がしばしば脆弱(ぜいじゃく)で、中国共産党からの干渉を受けやすい。そのため、アジアの民主主義を保護し、それを拡大するために同盟を結ぶ必要がある。

 まず日本やマレーシア、シンガポール、オーストラリア、インドネシアなどの民主主義国が緩い同盟を形成すれば、大きな助けになるだろう。その後インド、バングラデシュ、パキスタンにも拡大できる。

日米豪印の協力関係「クワッド」についてどう考えるか。

 日米豪印の「クワッド」は民主国家が共通の利益を守る手段として非常に重要だ。こうした同盟は、信頼と軍の相互運用性を高め、中国がそれぞれの国を孤立させ、脅迫することを困難にするだろう。

(聞き手=ワシントン・山崎洋介)