エストニアのサイバー防衛 小国のデジタルイノベーション

大国不利な非対称空間

 現代、コンフリクトが起こるところにサイバーオペレーションあり、といっても過言ではないだろう。

 今日の戦いでは、サイバーパワーを発揮することで、小国でもタイミングを見計らい、意表を突くことで、大国である敵側の脆弱(ぜいじゃく)性を突き、混乱させることができる。脆弱性を突くことで相手側の軍事力をそぐだけではない。大国であろうとも金融機関、公的機関、あるいは交通管制センター等をサイバー攻撃されるとデータの窃盗のみならず、人体に損傷を与えかねない大変な事態に陥る。

 この非対称性の状況はサイバー空間においてはアンバランスを生み出している。つまり、大国であるがゆえに技術に依存し、より大きなネットワークを有し、脆弱性を持つ空間は大きくなる。一方、国が小さければ守るべきネットワーク空間がそれだけ小さくて済む。“大きい”ことはもはや軍事戦略やオペレーションにおいて、それだけでインセンティブを持つ決定的な要因とはならない。ソビエト連邦への併合に沈んだ、さえない貧しい国がいち早く、小国である現実を生かして国際的注目を浴び、一転してポジティブなイメージを持つに至った目覚ましい事例がある。

 人口約130万人、九州ほどの国土を持ち、「ソフト」及び「ハード」パワーの要素を効果的に融合させたイノベーティブであるエストニアのケースだ。

 エストニアにとっての外交政策の懸念は従来、東側に構える巨大なロシアであった。そして20年以上も前のソビエト連邦崩壊以来、今もなお、ロシア・ウクライナ危機で、国家の安全保障と国家の存続の脅威を身につまされているのだ。

 また、他のバルト3国の仲間であるリトアニア、ラトビアも同様に、サイバー攻撃による脅威が増していると警戒を強めている。

 エストニアは2007年に議会や中央銀行を含めて公的機関、メディア、金融機関にサイバー攻撃を受け、一斉にそれらのウェブサイトがシャットダウンした経験から、以来、サイバー戦争力を高めている。

 NATO(北大西洋条約機構)のCCDCE(サイバー防衛協力研究拠点)が首都タリンに置かれ、「サイバーシールド」も構築された。

 最近では、ハイテクで豊かなソフトパワーを持つ北欧にも連携の声が上がり、ノルディック・バルティック防衛同盟が結ばれれば、サイバー防衛分野における人材不足の問題も緩和されると期待されている。

 エストニアの国家国防計画(2013~22)では、サイバー空間の脆弱性をいかに遮断するかについて力を注ぐとともに「サイバー防衛リーグ内のサイバー防衛ユニットとNATOのサイバー防衛センターとの連携によりシナジー効果を生み出す」と述べている。「サイバー防衛リーグ」とは、1918年に遡(さかのぼ)ること当時の軍で構成された国家防衛機関「ディフェンスリーグ」にあやかりサイバー専門家のユニット構成を行ったものである。

関係国と連携し対策を

 我が国とエストニアとは2013年、ICT(情報通信技術)政策およびサイバーセキュリティ分野における政策対話を行って以来、毎年、両国間のサイバー協議を行っている。政府レベルだけではなく、IT・サイバー分野に関心を持つ地方自治体、大学・研究機関、企業及び経済団体でも活発に往来が続いている。日本のマイナンバーシステムは、エストニアでは国民のほぼ全員が持っているIDカードを検証の対象とした。社会のデジタル化が進む同国を参考にしようとする風が吹いている。

 エストニアはNATOとEUに加盟しており、強い大西洋関係を築いている。

 我が国はエストニアのソフトパワーを見習うだけではなく、NATOとも北朝鮮対策を連携して行うことも視野に入れるのはどうか。我が国の知恵を生かす策はある。