安保めぐる憲法論議 脅威対処の現実的答えを
間抜けな失策が目立つ
またもや問題発言である。安全保障関連法案について「法的安定性は関係ない」と礒崎首相補佐官が講演で述べたことが物議を醸している。参院平和安全法制特別委員会に招致された礒崎氏は「大きな誤解を与えてしまった。大変申し訳なく思う」と陳謝し、発言を取り消した。しかし、民主党など野党各党は礒崎氏の更迭を求めるとともに安倍首相の任命責任を厳しく追及する構えだ。
「ボーンヘッド(通常では考えられないような間抜けな失策)」はこればかりではない。その最たるものは6月4日の衆院憲法審査会の参考人質疑で、自民党が推薦した長谷部恭男・早大教授を含む3人の憲法学者が、安全保障関連法案を「憲法違反」と明言したことだ。自民党本部には「憲法学者が違憲だと言っているじゃないか」と批判の電話が殺到したというが当然であろう。
長谷部教授は「集団的自衛権の行使が許されるという点については、憲法違反であると考えている。従来の政府見解の基本的論理の枠内では説明がつかないし、法的安定性を大いに揺るがすものである」と発言し、その後もメディアに登場して「自衛隊の後方支援活動も、従来の戦闘地域と非戦闘地域の区別を廃止して、自衛隊は弾薬の提供や発進準備中の航空機への給油を行なえるようになる。これは武力行使の一体化そのもので違憲と言わざるを得ない」などと安全保障関連法案に反対の立場を明確に表明しているのである。
このような学者を自民党はなぜ参考人に推薦したのか、首相補佐官の問題発言ともども自ら墓穴を掘るが如き所業は浅薄の極みとしか言いようがない。この安全保障関連法案が我が国の安全に如何に重要であるか、また自衛隊員のリスクにも関わる法案であることを真剣に考えているのかと厳しく問い質(ただ)したい。
最近の世論調査の結果は「安保関連法案が違憲だと思う」、「同法案の今国会での成立に反対」がいずれも多数となっており、国民の安保法案に対する理解が進んでいないことを示している。これは「戦争法案」だとか、「徴兵制の復活」などという民主党など一部野党のレッテル貼りによるラベリング作用が特に女性や若者層の不安感に影響を及ぼしているものと思われ、それに政府・自民党の一連の失策が油を注いだことは否定できまい。
ところで、アカデミズムの定義とは何か。それは学問研究において純粋に真理を追究することである。衆院憲法審査会で安全保障関連法案を「憲法違反」と主張した3人の憲法学者はいずれも憲法学の泰斗と聞き及ぶ。学問の真理を曲げてまで権力に阿(おもね)りへつらうことなど決してあり得まい。だが一方で「象牙の塔に隠(こも)る」という箴言もある。その意味は学者が現実逃避的態度で自己の理想にこもり、学問至上主義、独善的権威に安住することである。
安全保障関連法案での集団的自衛権の憲法解釈の変更においては、全面的な集団的自衛権の行使を認めたものではなく、我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合に限った、極めて限定的な集団的自衛権の容認である。これすらも憲法学者は憲法違反として認めないのなら現実の脅威にどう対応すればよいのか答えてほしい。
有事に通用しない議論
憲法学者は安全保障の専門家でもなんでもない。旧聞に属するが、かつて米ソ冷戦の時代に日本の防衛をめぐって「関・森嶋論争」というのがあった。ソ連の脅威に対して森嶋通夫ロンドン大学教授は「万が一にもソ連が攻めてきた時には、自衛隊は毅然として降伏するより他はない。白旗と赤旗を持って平静にソ連軍を迎える」と言うのだ。これが経済学の泰山北斗と言われた学者の答えだった。