具体的戦略欠けた新防衛大綱

北海道世日クラブ講演要旨

緊迫化する東アジア~新防衛大綱の意義と課題

公益社団法人隊友会北海道隊友会連合会会長 酒巻 尚生氏

 昨年12月18日、閣議で新たな防衛力整備の指針を示した「防衛計画の大綱」と平成31年度から5年間の「中期防衛力整備計画」(中期防)が了承された。東アジアは今、朝鮮半島情勢に加え、中国の軍事力を背景にした海洋進出が推し進められ、緊迫化の度合いを深めている。そうした情勢の中で新防衛大綱がスタートすることになる。北海道世日クラブではこのほど、公益社団法人隊友会北海道隊友会連合会の酒巻尚生会長を招き、「緊迫化する東アジア~新防衛大綱の意義と課題」をテーマに講演会を開催した。以下はその講演要旨。

中・露・朝鮮半島に対応可能か
最大の脅威は国内の安保音痴

 そもそも国家安全保障とは、国内外の脅威に備えていくもの。脅威が現実のものになるとき、国家・国民をどう守っていくかを考える。ひと昔前まで、わが国では防衛大綱などで脅威という言葉は使っていなかった。脅威という言葉を使うと特定の国を想起させ敵愾(てきがい)心を表すことになり政治的な判断もあって使っていない。

酒巻尚生氏

 さかまき・たかお 防衛大学(第10期)を卒業後、陸上自衛隊入隊。英国留学、米国などの海外勤務などを経て1996年、陸上自衛隊第9師団長、97年に統合幕僚会議事務局長、99年に陸上自衛隊北部方面総監。2001年に退職。退職後は公益社団法人隊友会北海道隊友会連合会会長として北海道内の現役自衛官のサポートの傍ら、日本の防衛をテーマに各地で執筆や講演を多数行っている。76歳。

 最近は情勢が変わったこともあって、脅威という言葉は出てくるが、それでも脅威に対するはっきりとした概念は示されていない。

 そこで敢えて日本を取り巻く脅威を取り上げてみたい。

 北朝鮮について言えば、当然、核・ミサイルということになる。すでに核兵器は数十発を保有しているとみられ、日本を射程とする中距離弾道ミサイルは何百発も有している。金正恩労働党委員長が、その気になれば核ミサイルも撃てる状況になっている。そして、北朝鮮のもう一つの脅威が、約20万人と言われる特殊部隊である。考えられないような訓練を受けた工作員が、すでに日本に入っていると考えられる。

 そうした特殊部隊が、いざというときに、例えば北海道の泊原発の破壊を命じられたら、現在の警備状況であれば簡単に実行できると思われる。

 海からの侵入を防ぐ手立てが、皆無に等しい。日本海側の防御はある意味で、“ざる”のような状態。日本海からはどこからでも入れるし、すでに入っていると見た方がいい。核やミサイルは脅威だとしても、一発発射したとたんに、日米同盟によって米国が北朝鮮を反撃し、国そのものがなくなるので北朝鮮であっても簡単には攻撃はできないはず。

 しかし、特殊部隊であれば、証拠が残らないように化学兵器など何でも仕掛けることは可能だ。

 次に中国について見ると、中国は世界第2位の経済力を持って陸、海、空さらに宇宙空間において軍事力を高めている。日本としては中国の本音の部分をしっかりと分析していく必要がある。

 1949年に中国が建国したが、当時の指導者である毛沢東の仮想敵国はソ連。事実、50年代は中ソで武力衝突を起こしている。大陸国家としてランドパワーを発揮していた。

 それが鄧小平の時代に入り、食糧、資源を海外に依存するようになった。社会主義の体制を取りながら市場経済を導入し、海洋国家を目指すようになる。中国の外交戦略の中に韜光養晦(とうこうようかい)という言葉がある。「能力を隠して力を蓄える」ということだが、力を蓄えた後に打って出るというわけだ。

 90年代に海軍力を付け、92年に領海法を制定する。その時、中国は核心的利益を言い出した。核心的利益とは中国にとって妥協のない国益を意味するが、核心的利益について中国は一歩も引かないと言うのである。その核心的利益として台湾、新疆ウイグル地区、チベット、南シナ海を挙げる。

 さらに、2012年に公式に尖閣諸島を中国の核心的利益と言い出す。それは海洋資源の開発・獲得。東シナ海の内海化、西太平洋の海洋覇権進出に狙いがある。実は尖閣諸島についていえば、1972年に国連が海洋調査した時に、海底資源があることを発表した。その時から中国は領有権を主張するのだが、鄧小平は尖閣諸島の問題は「頭のいい次世代の人に解決してもらおう」と棚上げにした。それを日本は鵜呑みにして何ら手立てを講じてこなかったのだが、結局、中国に手のひらを返されてしまったのである。

 2049年に中国は建国百年を迎えるが、習近平国家主席は、中国を「中華民族の偉大な復興という中国の夢を実現する」として、そのための準備を着々と進めている。中国はこれからも三戦(世論戦、心理戦、法律戦)を使い、戦略辺境(軍事力の及ぶ所まで国境を拡大することができる)を拡大し、日本を揺さぶってくるだろう。

 ロシアについては北方領土という大きな問題がある。安倍首相とプーチン大統領は幾度となく首脳会談を持っているが、会談の度にロシア側から難題を突き付けられている。ロシア側は、「北方領土は第2次世界大戦の勝利の成果であり、日本はそれを認めるべきだ」と、頑なな主張を繰り返す。

 その一方で、択捉島には滑走路や軍事施設を造って軍隊を増強する。決して、ロシアとの間に脅威がなくなったわけではない。

 もう一つの脅威は韓国である。竹島などの領土問題があるが、もともと歴史問題で反日感情がある。昨年4月以降、南北首脳会談で北朝鮮、中国への歩み寄りが目立つ。さらに近年は反日だけでなく反米感情も強くなっている。日本としては朝鮮半島が統一される場合を考えておく必要がある。そのシナリオは三つあるだろう。一つは現状維持。もう一つは、北主導での統一。もう一つは韓国主導での統一。

 どちらにしても北朝鮮が核兵器やミサイルを手放さない状況の中で統一されれば、それは日本にとって大きな脅威になることは間違いない。

 一方、日本国内にある脅威を見ると、何よりも国際的な孤立がある。天然資源、食糧を海外に依存しているわが国にとって孤立は何としても避けなければならない。また、考えにくいことではあるが、日米同盟が崩壊したときのことも考えておく必要がある。最悪の事態に備えることも脅威に備える上では重要だ。

 さらにわれわれにとっての最大の脅威は、日本国民が、長年にわたって安保音痴であり平和ボケしていることである。どこかの国で重要な事件が起こっても、それを真剣に見詰めようとしない。それは今の国会を見ているとよく分かる。

 今月下旬には米朝首脳会談があり、北朝鮮問題、日韓の軋轢(あつれき)といった国を揺るがす事案があるにもかかわらず、国会では厚生労働省の統計問題を議論し、それが単なる足の引っ張り合いに終始している姿を見ると、まさに森友・加計問題と全く同じ構図で議論している姿を見る。

 とにかく、日本は中国、朝鮮半島、そしてロシアの三正面に対応しなければならない。そうした国際情勢の中で決定した新防衛大綱だが、中身は“非常にきれいで理想的な作文”として出来上がっている。しかし、課題がないわけではない。

 わが国の安全保障政策は、平成25年に設置された国家安全保障会議によって国家安全保障戦略が決定される。これは、昭和32年に閣議決定した「国防の基本方針について」に代わるものであるが、同戦略を基に今後10年間を対象にした防衛大綱がつくられている。

 ただ、安全保障戦略を見ても、これまでの防衛政策、すなわち「専守防衛」「文民統制」「軍事大国にはならない」「非核三原則」といった基本政策は変わっておらず、国際情勢の脅威が大きくなっている中で、現実的に対応できるのかどうか、という疑問が残る。

 日本の防衛大綱を見る限り、実際に国と国民を守るという具体的な戦略が欠けていると言わざるを得ない。