トランプVS金正恩 米、金融制裁で対北圧力強化か

世日クラブ講演要旨

トランプVS金正恩―北の非核化と拉致問題の行方

福井県立大学教授・島田 洋一氏

 福井県立大学教授で拉致被害者を「救う会」全国協議会副会長の島田洋一氏は23日、世界日報の読者でつくる世日クラブ(代表=近藤譲良・近藤プランニングス代表取締役)で、「トランプVS金正恩―北の非核化と拉致問題の行方」と題して講演した。島田氏は、トランプ米政権は歴代政権が行わなかった中国四大銀行への金融制裁を通じて、北朝鮮に圧力をかける可能性があるとの見方を示した。以下は講演要旨。

中国大手銀に科す可能性も
拉致もみ消しの策略に乗るな

 トランプ政権が北朝鮮にどう対応するかは、中国への対応を見ればよく分かる。今、中国に貿易戦争を仕掛けているが、その一方で、トランプ大統領は習近平国家主席のことを褒めている。これはトランプ氏の特徴で、北朝鮮に対してもいろいろ言いながら、制裁は全く緩めていないどころか、抜け穴をふさぐ方策を着実に進めている。

島田洋一氏

 しまだ・よういち 1957年、大阪府生まれ。98年、京都大学大学院・法学研究科政治学専攻博士課程終了。文部省教科書調査官などを経て、2003年より福井県立大学教授。拉致被害者を「救う会」全国協議会副会長、国家基本問題研究所評議員・企画委員、政府「拉致問題に関する有識者との懇談会」委員。著書に「アメリカ・北朝鮮抗争史」(文春新書)、「新アメリカ論」(共著、産経新聞出版)など。

 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が対話路線に出てきたのも、トランプ氏が本当に自分を攻撃してくるかもしれないという危機感を持ったからだ。

 ジョン・ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障担当)は、北朝鮮への先制軍事攻撃を主張してきた人物だ。ボルトン氏の補佐官起用は、トランプ氏しかできなかった人事で、極めて意義がある。金正恩氏は結局、自分が倒されると思わないと動かない。

 だからボルトン氏のような斬首作戦を主張してきた人物を側近に据えたことは圧力になる。

 ボルトン氏は、北朝鮮が本当にやろうと思えば1年以内に非核化できると主張している。その根拠は、2003年にリビアのカダフィ大佐に短期間で核を廃棄させたことだ。リビアが廃棄に合意してから早い時期に米国の輸送機がリビアに飛んだ。核兵器製造の中核になる部分だけを引き抜いて米国に持ち帰った。これで非核化が完了している。

 一方で、北朝鮮はリビアに比べて核開発が進んでいるから、非核化に10~15年はかかると主張する専門家がいるのも事実だ。

 代表的なのが、ジークフリード・ヘッカー・スタンフォード大学教授で、過去4回ほど北朝鮮に招かれ、予想以上に核開発が進んでいるとの見解を発表している。

 北朝鮮は核開発の進展をカードにしたいときはヘッカー氏を呼んで見せる。本人に自覚があるかどうかは別として、北朝鮮側に使われてきた学者だ。

 ヘッカー氏の主張では、動いている原子炉を安全に止めるのに1年かかる。そして安全に停止させた原子炉を解体するのに2~5年。その後、核・ミサイルを完全に廃棄し、核施設の処理をするのに6~10年かかる。

 だから全体で15年かかるということだが、これは一般の原子力発電所の廃炉をイメージしている。核兵器の無力化は、まず最も危険なものから取り除く必要がある。そうすれば残りは鉄の塊になるので、時間をかけて廃炉や施設の処理をすればいい。だが、ヘッカー氏はそういうことを一切言わない。北朝鮮が応じるはずはないと忖度(そんたく)して話をしている。

 米国の核専門家でもう一人有名なのがデービッド・オルブライト氏だが、オルブライト氏はヘッカー氏を批判し、非核化のロードマップは北朝鮮が真面目に協力することを前提に作らないといけないと主張している。そうすれば1年で完了するはずだと。協力する意思がなければ、交渉以外の手段で決着をつけるしかないというのがオルブライト氏の意見で、極めて常識的だ。

 またヘッカー氏は、北朝鮮との信頼関係をつくらないと非核化は実現しないとの立場で、そのために共存・相互依存の関係をつくるべきだと主張するが、これは確実にだまされる。

 北朝鮮は核実験場の廃棄などをしているが、いつでも再開可能な措置に対して見返りを要求している。肝心の核兵器を出せという要求にはまったく応じていない。

 7月初め、ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)に、北朝鮮担当ポストが新設され、アンソニー・ルッジェーロ氏が起用された。ルッジェーロ氏は財務省で金融制裁を担当してきた人物で、彼の年来の主張は、北朝鮮の資金を扱う中国四大銀行の一つ、中国銀行に制裁を科すというものだ。

 これまで米政府は中国の中小銀行には制裁を科してきたが、四大銀行には米国への跳ね返りを懸念して見送ってきた。北朝鮮企業に制裁を科してもあまり効果はないが、北朝鮮と取引している中国の金融機関をシャットアウトするのは一番効果的だ。トランプ氏は、中国に対して歴代政権では考えられなかったことをしているので、中国銀行への制裁についても踏み込む可能性は十分ある。

 今、米中で貿易戦争が高まっているが、トランプ政権は切り札として、北朝鮮絡みで金融制裁をちらつかせ始めている。このタイミングで制裁に踏み切れば、中国問題と北朝鮮問題の両方に対して大きなインパクトがあるのではないか。

 拉致問題に関して、外務省OBらから出るのが日朝合同調査委員会を設置する案だ。北朝鮮の報告は信用できないため、日本から乗り込んでいって一緒に調査すべきだという、一見威勢のいい話だが、安倍首相は、官房副長官時代からとんでもないと言っている。犯人と一緒に調査委員会をつくって探すという発想自体がおかしいし、北朝鮮が正直に生きている人を返せばいいだけだ。

 合同調査委員会は事実上のもみ消し委員会で、亡くなった現場を視察したり、目撃者から事情聴取したりとか、北朝鮮のごまかしに付き合わされるだけだ。それで北朝鮮は、われわれは日本の求めに応じて誠実に調査に協力している、だから日本も制裁解除すべきだと言ってくるのが目に見えている。拉致問題の調査はやっていますよと世論をなだめつつ、日朝国交正常化をしようという外務省OBの発想だ。

 安倍首相はそのことを理解しているので、外務省が合同調査委員会の案を出してきてもはねつけている。自分が首相の間は絶対につくらせないと。とにかく生きている人を返せと、その要求をしている。

 現実に被害者を全員取り戻すには、北朝鮮の今の体制をつぶす以外にないだろう。一番いいのは、やはり中国に対して強力な金融制裁を科し、中国が北朝鮮との取引を絞るしかない状況をつくることだ。

 韓国に関しては、米情報機関は、文在寅政権の幹部である任鍾晳大統領秘書室長が北朝鮮のスパイであると明確に認識している。任氏は、学生時代からずっと北朝鮮と連帯すべきだという運動をやってきており、その後一度も転向声明などを出していない。文氏自身は筋金入りの親北左翼ではないだろうが、文氏の人事を見ると、北のエージェントのような人物を据えすぎている。

 いざ米国が北朝鮮を攻撃することになった場合、任氏を北に偽情報を流すルートとしては使っても、本当のことは一切教えないだろう。

 またボルトン氏は、台湾との軍事連携を密にすべきだと主張している。仮に中国が北朝鮮に海軍基地を造っても、自由に太平洋に出られない状況は変わらない。

 しかし、台湾に海軍基地を造れば、中国は自由に太平洋に出て来ることができる。台湾は絶対に中国に渡すわけにはいかない。

 幸い、米政府は台湾との関係を強化しようとしている。米議会も台湾旅行法を上院の全会一致で可決した。トランプ氏が中国をかなり強気に攻めている背景には、中国共産党の嫌がることを堂々と決議する議会の状況もある。