人生を豊かにする‟前向き思考”

ポジティブ心理学と人類の持続的繁栄 講演要旨

米ペンシルベニア大教授 マーティン・セリグマン氏

 ポジティブ心理学の第一人者で、米ペンシルベニア大学教授のマーティン・セリグマン氏がこのほど来日し「ポジティブ心理学と人類の持続的繁栄」をテーマに東京都内で講演、人生を豊かにするためにはポジティブ思考を持つ必要があると語った。セリグマン氏は、日本が世界的に平均所得が高いにもかかわらず幸福度が低いのは、自身が提唱した「PERMA」が低いからだとの見方を示し、これを高めることが日本人にとって重要なことだと指摘した。以下は講演要旨。

「PERMA」を高めよう
観主義者は鬱になり難い

 かつて私は心理学者として、無力感や抑うつ、統合失調症、薬物依存、離婚をテーマに研究していた。その頃の心理学は、そうした研究がメインで、目的は悲惨さや苦しみの軽減だった。

マーティン・セリグマン氏

 マーティン・セリグマン 1942年、米ニューヨーク州生まれ。1970年からペンシルベニア大学教授。心理学者として「学習性無力感」の理論を生み出す。98年に米国心理学会(APA)会長。ペンシルベニア大学内にポジティブ心理学センターを設立し、センター長を務めている。著書に『オプティミストはなぜ成功するか』(講談社)、『ポジティブ心理学の挑戦―“幸福”から“持続的幸福”へ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。

 だが、成功することや人生を豊かにすることと、惨めにならないことはイコールではない。では、ポジティブ心理学とはどういうものか。

 その前に、私が体験した娘とのやりとりを紹介したい。ある時、私は5歳の娘と庭の草刈りをしていた。娘は草を飛ばしたり、歌って踊っていたため、「草むしりをしているのだから、ちゃんと仕事をするように」と言ったら、娘は離れていってしまった。しばらくしたら娘が戻って来て、「私は5歳の誕生日に、もうぐずるのはやめて泣かないように決めたの。それは今までで一番難しいことだったのよ。でも私ができたのだから、お父さんも文句ばっかり言っている『頑固おやじ』をやめることができるんじゃない」と言われた。

 その時、私は三つのことに気づいた。

 まず、私は間違っていることを厳正に見ることができる頑固さで成功できたと思っていた。だが、そうであってもそれを変えるべきだと気づいた。

 二つ目は、子供の養育に対する考え方が間違っていたことだ。親であるということは、対処療法的な親業をすべきだと思っていた。そうすることで良い子になると思っていたが、それはナンセンスだった。私には7人の子供がいるが、それぞれ何が得意なのか、何が強みなのかに気づいてあげて、それを育ててあげることが親の役目だと気づいた。

 三つ目は、私はその時に人生の使命に気づいた。心理学は、まだ半分しか成立していないと思ったのだ。心理学の半分は悲惨さや苦しみを消すことだが、人生をダメにするもの、あるいは足を引っ張ることにしか対処せずに、人生をより良くすることに向き合っていなかったと気づいた。そこで心理学者として専門性を変えようと思った。そこからポジティブ心理学を研究するようになった。

 私の友人の経済学者が所得と幸福度を比較したことがある。普通は所得が高いほど幸福度が高まる傾向にあるが、そこから外れている国もある。所得と幸福度が必ずしも比例していない国だ。その一つが日本だった。

 日本は平均所得で世界8位なのに、人々が感じている幸福度は58位だ。所得に見合った幸福を感じていないのだ。従って、日本は所得を上げることよりも、幸福度を高める方が非常に重要になる。

 ポジティブになるとは、自分自身で幸福度を高め、維持、実践することだ。それこそがポジティブ心理学だ。

 ポジティブ心理学の前提には、私たちはポジティブになれるというものがある。人間は悲惨さや苦しみ、不幸だけではないのだ。マイナス8からマイナス5にするのではなく、プラス2になったほうがいい。(幸福やより良い在り方、より良い心身の状態を意味する)ウェルビーイングは、単純に苦しみを緩和することだけが目標になるべきではない。

 楽観主義者は、悪いことが起こっても一時的なことだと思い、悲観主義者はそれがずっと続くと考える傾向にある。楽観主義者がうつになる確率は、悲観主義者に比べると2分の1から8分の1程度だ。

 また悲観主義者は、1日2・5箱のたばこを吸う人と同じくらい死亡する危険要素を持っていることが分かった。日本での研究でも、生きがいを持っている人の方が、心臓病になりにくいという報告がある。

 人生において苦しみが続いていない人は五つの要素を持っている。ポジティブ感情(Positive Emotion)と、没頭やエンゲージメント(Engagement)、人間関係(Relationship)、意味、意義(Meaning)、達成(Achievement)だ。この五つの頭文字を取って、私はPERMAと言っている。

 苦しみに焦点を置いていた心理学では、ウェルビーイングについて考えることはなかった。だが、PERMAが高い人と低い人を見てみると、違いがある。高い人はうつになりにくく、仕事でもスポーツの分野でもいい成績を残している。あまり病気にならないことも挙げられる。PERMAが高い人の方が低い人より8年も寿命が長いことも分かっている。

 夫婦のセラピーやカウンセリングは成果が上がらないものとして有名で、私は最悪だと思っている。夫婦のセラピーでは、どのように喧嘩がうまくなるかを教えており、苦しい婚姻関係を何とか続けていく婚姻関係に変えようとしているだけだ。それはポジティブ心理学ではない。

 ポジティブ心理学では、どのように喧嘩をするのではなく、相手をどう祝福するかを考える。相手に良いことが起これば、「お祝いしよう」と言うような関係だ。そうすれば愛が深まり、離婚率も下がる。これは誰にでもできることで、交友関係でも会社でも同じことが言える。

 人間が考えていることの50%は未来、将来のことだ。私たちは未来を考える存在だ。これは極めて重要なことだが、心理学では見過ごされている。

 PERMAはトレーニングを積むことで高められるし、日本の幸福度はもっと良くなる余地がある。私たちは欲があって自己中心的だが、平和や繁栄のために何をすればいいか考えていけば、より良い人生を送ることができる。